第50話 今宵はどなたの血が流れるのでしょうね? (4)



 名前を読み上げられてから、会場内へと進みます。すぐに侍女たちが近づいて後ろに控えてくれるし、寄子が集まっているところへ誘導してくれます。


 もちろん、寄子ではない方も、近くに集まってきます。


「失礼いたします、エカテリーナさま」


「あら、フランシーヌさま。それにみなさまも、ごきげんよう」


 私の場合、かつての『古着ドレス組』の貧乏令嬢仲間であるオードリー・グラスキレット子爵令嬢、イスティアナ・ラザレス男爵令嬢、そして、新たに友人となったフランシーヌ・ヨハネスバルク伯爵令嬢、それからまだ友人とは呼べないけれど、ナルミネ・モザンビーク子爵令嬢がご家族と離れてこちらに来ていますわね。


 モザンビーク子爵は寄親のリバープール侯爵家に、娘はウェリントン侯爵家との関係が深いとあえて見せたいのかもしれませんわね……。


 次々と令嬢たちの挨拶を受けて、三つ羽扇の襟のドレスを着た令嬢が私を取り囲むように集結します。


 少し離れたところに、かつては『古着ドレス組』の貧乏令嬢仲間としてお友達だったマーガレット・ノーザンミンスター子爵令嬢がいますわね。

 見たところ、近づくべきか、どうか、悩んでいますわ。私の周りにいる方はみな、襟がお揃いですものね。


 オードリーさまやイスティアナさまにはお手紙で、大夜会では私の近くで新しいドレスを披露してほしいと頼んでおきましたからね。もちろん、ノーザンミンスター子爵令嬢には何の連絡もしておりませんわ。


 目立つ襟ですもの、一目で、自分だけが仲間外れであることは理解できるでしょう。


 つまらない嫌味ひとつで、どうなるか。勉強になればよろしいのですけれど。あなたが嫌味を言った相手は、ウェリントン侯爵家の次期侯爵夫人ですのよ?


 ノーザンミンスター子爵令嬢も、『古着ドレス組』の貧乏令嬢仲間の他にお友達はいないはずです。今年の大夜会では身の置き所がなさそうですわね。お可哀想に……。


「マンチェストル侯爵家より、グリンナイト・マンチェストルさま、タリアシェーナ・マンチェストルさま、シェルナイト・ブリンクス・マンチェストルさま、グラスゴー侯爵家より、ナーサティア・グラスゴーさま、ご入場でございます」


 私たちの次に入場した、本日の敵でございます、マンチェストル侯爵家のみなさまも、マンチェストルの寄子たちのところへと移動していきます。こちらに視線を向けないのは、わざとでございましょう。


 侯爵家の最後に王妃さまのご実家である三侯四伯のリライア侯爵家が入場し、続いて公爵家の入場です。


「リーゼンバーグス公爵家より、ギゼルフリート・リーゼンバーグス・オルディン殿下、フィリメアセ・リーゼンバーグスさま、レクルティアラ・リーゼンバーグス・オルディン殿下、リバープール侯爵家より、クリサリス・リバープールさま、ご入場でございます」


 ……旦那様の元婚約者である公爵令嬢にして王孫殿下は、爵位を後継に譲った母方のお祖父さまのエスコートでの入場ですか。まだ、婚約者が決まっていないというのは本当かもしれませんわね。


 リーゼンバーグス公爵の当主であるギゼルフリート・リーゼンバーグス・オルディン公爵は王弟殿下でございます。つまり、前王の王子ですわね。


 王位継承権は、12歳以上で認められますから、14歳で来年デビューの第一王子殿下が第1位、12歳の第二王子殿下が第2位、10歳の第三王子殿下はまだ王位継承権を与えられておりません。

 リーゼンバーグス公爵は王位継承権第3位です。リーゼンバーグス公爵令嬢は第4位となります。王家の血に連なる王孫までは女子にも継承権がございます。少し羨ましいですわ。


 最後の入場者はスコットレーンズ公爵家の方々です。

 現当主が前々王の王孫殿下で、スコットレーンズ公爵の王位継承権は第5位です。我が国では公爵位は王孫までと決められています。王位継承権が王孫までしか認められていないからです。公爵家は王家のスペアですものね。


 ですからその息子であるスコットレーンズ公爵令息はこのままでは貴族籍を失いかねません。王位継承権を持たない王曾孫とはいえ、王家の血を受けている者が平民籍や継嗣籍に入るというのは好ましくありません。

 スコットレーンズ公爵令息はソールズバルラ伯爵令嬢との婚姻で婿入りして、次期伯爵となる予定になっております。巡り合わせで、侯爵家への婿入りは叶いませんでした。


 ソールズバルラ伯爵家はこれで助かりますわね。男子に恵まれず、伯爵令嬢が二人で、後継は親類からなどと言われておりましたけれど、公爵令息の婿入りで解決ですもの。

 それに、王家が公爵家に分割していた様々な資産が王家に戻りますけれど、その一部を王家からこの婚姻で与えられます。さらには王家の血を引く伯爵家と名乗れることも大きいですわ。


 公爵家までの貴族が入場しましたら最後は……。


「国王陛下、並びに王妃陛下、ご来場でございます」


 その声とともに、この場の全員が前を向いて深く頭を下げます。


 王家のみなさまにつきましては、特別な許しを得ていなければ、その名を呼ぶことはできません。たとえ入場の係だったとしても、でございます。

 個人的には長い名前を言わずに済むのなら、その方が……いいえ、何でもございません。


 ざわつきの元であった話し声もこの時ばかりは消えて静かになりますわ。


「楽にせよ」


 壇上に王妃さまと並んだ国王陛下のお言葉で全員が頭を上げます。


「今年もみなで大夜会を楽しむとしよう」


 さあ、大夜会という名の、戦端が開かれました。


 今宵はどなたの心の血が流れるのでございましょうか。


 エカテリーナ、行きます……。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る