第51話 それが私の幸せな結婚ですわ!(1)



 ふたつの公爵家が国王陛下と王妃さまのところへ挨拶に向かいます。


 国王陛下と王妃さまが座っていらっしゃる御座は一番高い所にございます。

 その3段下にちょっとしたスペースがあって、そこが挨拶の場となります。ここを会の座、といいます。会の座からさらに3段下は、会場となっているこの大ホールの床ですね。

 スコットレーンズ公爵家が会の座へと進み、リーゼンバーグス公爵家は会の座の3段下で待機します。


 スコットレーンズ公爵家の挨拶が終われば、そのまま横へ移動して階段を降り、リーゼンバーグス公爵家が会の座へと進み出ます。ほぼ同時に、先程までリーゼンバーグス公爵家が控えていたところへリライア侯爵家が入ります。

 リライア侯爵家の背後にはマンチェストル侯爵家が近づいていきます。順番ですから。


 マンチェストル侯爵家の次がウェリントン侯爵家です。

 この順番は歴史的なものなので、爵位は同格ですし、現在の領地の広さや経済力とは何の関係もございません。まあ、歴史の重みは大切ですけれど……。


 入場時とは違って、御前では争わないのがマナー。ですから、この場でのマンチェストルとウェリントンの接近は、緊張感はあるけれど、問題はありません。


 声とその内容まではかなり後ろのウェリントン侯爵家のところまで届きませんけれど、リーゼンバーグス公爵令嬢の頭の動きなどから、王妃さまとのやり取りが繰り返されていることがわかります。直前のスコットレーンズ公爵家の挨拶よりも長い、という時点で、何かがあるのは間違いないでしょう。原因が私でないことを願います……。


 リーゼンバーグス公爵家が壇上から下がり、リライア侯爵家が会の座へ進みます。マンチェストル侯爵家も壇の直前へと進み、ウェリントン侯爵家はその後ろに詰めます。背後に、リバープール侯爵家が集まる気配がします。そういえば、ついこの前のモザンビーク子爵家の夜会では、リバープールとももめそうな関係でしたわ。

 高位貴族って、本当に、なんだか針の筵ですわね……。


 リライア侯爵家が割とあっさりと壇上から下がります。王妃さまのご実家ですのに。いえ、ご実家だからこそ、この場では時間は必要ないのかもしれませんわね。


 マンチェストル侯爵家が会の座へと進み、ウェリントン侯爵家は壇の直前へ立ちます。この位置からなら、挨拶の内容も把握できる程度に聞こえます。

 特に何の問題もない、王家と侯爵家の儀礼的なやり取りですわね。


 そして。

 マンチェストル侯爵家が横へと移動し、壇上から下がりつつ、ウェリントン侯爵家が会の座へと進み出る、その入れ替わりの瞬間。


「まあ! カティ! 嬉しいわ、この場で会えるなんて!」


 はっきりと私の方を向いた王妃さまが輝かんばかりの笑顔でそう宣いました。近くにいる方に、よく、聞こえるように。


 マンチェストル侯爵夫人が思わず、といった感じで足を止め、振り返ります。


「王妃。挨拶もまだなのだ。少しは待ちなさい」


「ですが、陛下。私、ウルスラとも、スカルザとも思っているこの子の結婚式に、急なことだったとはいえ、招待もしてもらえなかったのです。こうして会えて嬉しい気持ちは汲んでくださいませ」


「わかった。わかったから、少し、待ちなさい」


 国王陛下と王妃さまのやり取りに。その中の王妃さまのお言葉に。その意味に。

 気づかない侯爵夫人などいないでしょう。


 ウルスラとはベルラティー島北部に伝わる創世神話の女神ケルダが溺愛した娘、スカルザとは同じく創世神話の三姉妹女神の末妹で、姉女神ワルドラとベルザンダルの二人の溺愛を受けたと言われています。つまり、私は王妃さまにとって、溺愛の対象である、と。そういうことですわね。言い過ぎですけれど。


 会の座へ踏み入れたウェリントン侯爵家、壇上から下がったマンチェストル侯爵家、おまけに壇の直前へ詰めたリバープール侯爵家、三つの侯爵家に異様な緊張感が漂います。


 ……さすがは王妃さま。侯爵家を瞬殺ですわね。


「王国をあまねく照らす太陽たる国王陛下、並びに王国の美しく輝く月たる王妃陛下。ウェリントン侯爵家が挨拶に参りました」

「ウェリントンの地は、いかに?」

「つつがなく」


「ウェリントンの海の宝石が欠けたと聞いているが?」

「それも問題ありません。必要な処置でした」

「そうか。では、これからも宜しく頼む」


「はい。陛下、新たにウェリントンの一員となった義娘を紹介させてください」

「聞こう」


「ケンブリッジ伯爵家より嫁してきました、エカテリーナにございます。エカテリーナ、陛下に挨拶なさい」


 お義父さまに呼ばれた私は半歩だけ進み出て、カーテシーで深く膝を折る。


「エカテリーナ・フォレスター・ウェリントンにございます」

「楽にせよ、エカテリーナ」

「はい」


 立ち上がって、元の位置へと戻る。


「ウェリントンに尽くし、王家を支えよ」

「はい、陛下」


 普通なら。

 婚約者の時点で紹介されているので、結婚しての自己紹介はない、と、思う。


 ……私って、かなり特殊な事例とも言えるわね。全ては旦那さまの責任ですけれど。


 もちろん、デビューの時にはエカテリーナ・ケンブリッジとして挨拶はしている。


 ともかく、これで王家への挨拶は終わり……だけれど。


「……ねえ、カティ」





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