第52話 それが私の幸せな結婚ですわ!(2)



 国王陛下への挨拶が終わるのを待っていましたとばかりに、王妃さまが私に話しかけてきますわ。お義母さまを差し置いて、である。そういうことです。


「はい、王妃陛下」

「もう。その呼び方はダメよ。デビューの時にも言ったでしょう?」

「……はい。シシュさま」


 お義母さまに声をかけずに、私に声をかけている時点で、王妃さまの態度はある意味では大問題ではある。頼んだのは私ですけれど。


 王妃さまと私は、愛称で呼ばれ、愛称で呼ぶ、そういう親しい関係なのです。お義母さまには秘密でした。私が呼ばれる『カティ』も、私が呼ぶ『シシュ』も、二人だけの呼び名ですし。


 昔々、お祖母さまに連れられて、王妃さまのご実家であるリライア侯爵家でお会いした、それはそれは幼い頃のこと。

 舌っ足らずな私の未熟な挨拶で『えかてぃりなでしゅ』と言った私をかわいいと叫んで抱きしめた王妃さま(まだ王妃ではなかったけれど)は『ねえ、カティと呼んでいい?』とおっしゃって。

 それに『はい、ししゅてぃりなしゃま』と答えて、正しくシスティリーナと言えなかった私を王妃さまは本当にかわいいわと言ってなでなでしつつ、『私のことはシシュと呼んでね?』と微笑まれましたわ。


 およそ15年前の出来事、エカテリーナ当時4歳の黒歴史、『えかてぃりなかみかみあいしゃちゅじけん』ですわ……。

 そのお陰で王妃さまと特別な愛称で呼び合う関係にはなれたのですけれど。


 直接お会いしたのはデビュタントでの挨拶以外は、お祖母さまが存命中の、幼い頃の数回のみ。それもリライア侯爵家の屋敷内でのみ。

 会った時には抱きしめられ、膝に抱かれておやつをあーんされて可愛がられていましたけれど。ペットか、それとも生きたぬいぐるみか……。


 私と王妃さまのそのような関係を知っているのは亡くなったお祖母さまと、大伯母さまくらいでしょうか。あとはデビュタントで一緒に挨拶をした父くらい。父が知ったのは互いの呼び名ぐらいですけれど。それが他に知られる要素がない私と王妃さまの関係です。


 そういう未知の関係を前にしてもお義母さまは全く動揺を外に出さないです。オルタニア夫人から聞いてはいたけれど、すごいですわ。血の繋がりは知っているのですから、想像の範囲内と言えなくもないですけれど、それでも驚くはずです。


「それで、幸せなの? カティ?」

「はい、シシュさま。ウェリントンではとても大切にして頂いております」


 ウェリントンを貶める意図は私にはございません。大切な財源ですもの。しかも極大の。


「それは、プロセルフィとしての幸せかしら? それともテレイラーの幸せ?」

「……幸せの形は、人、それぞれにございます、シシュさま」


 プロセルフィもテレイラーも、北部の創世神話の女神ですわね。プロセルフィは夫神のヘイドスに愛された女神、テレイラーは夫神のユーピトの浮気に嫉妬しまくりの女神です。プロセルフィはともかく、テレイラーの幸せって幸せなのかしらね? 女神に例えられても困る、という意味も込めます。


 ……王妃さま、私たちの結婚について、調べたかも? 契約書は法務局保管までしたから、調べたとしたら、契約で白い結婚であることもご存知みたいですわね。


「……そう。……ねえ、カティ。兄二人と育った私にとって、あなたは大切なスカルザでもあり、また、息子三人に囲まれる私にとっては大切なウルスラでもあるの。だから、いつでも私を頼って頂戴? 私、必ずあなたを助けるわ」


 王妃さまの後ろ盾宣言、頂きました。実は、似たようなお言葉はデビューした時にも頂いております。だから、今回、事前にお手紙を差し上げたのです。頼り過ぎるのはよくないですけれど、ね……。


「ありがとうございます」


「そのドレス、シンクレアね? それに、デビューの時より肌にも潤いがあるし、美しく見えるもの。ウェリントンがカティを大切にしていることは伝わるけれど、噂の新しいドレスも見てみたかったわ」


「あのドレスなら、本日がデビュタントとなる男爵令嬢が一人、着ているはずにございます」


「そうなの? それは楽しみだわ」


 王妃さまは事前に手紙でお願いしたドレスの話もしてくださいました。これでお義母さまへの牽制は十分でしょう。


 私からすぅっと目をそらした王妃さまは、まっすぐお義母さまを見つめます。


「……侯爵夫人。カティは私の大切なスカルザで、大切なウルスラです。宜しく頼みますね?」


「はい、王妃陛下」


「カティに義母と呼ばれるあなたが本当に羨ましいわ……」


 とどめにお義母さまにまで太い釘を刺してくださいましたわ!? それ、年齢が合えば王子の妃にほしかったのに、という意味にもとれますわよ?


「では、カティ。今度、一緒にお茶でも飲みましょうね」


「はい、シシュさま」


 再び私へと向き直った王妃さまからのお茶会のお誘いでございます。


 ……避けられない社交、お茶会が確定しましたわね。


 まあ、これは、今回の茶番劇の必要経費のようなものです。お茶会だけに。

 王妃さまのお誘いを断る訳にはいきません。あきらめましょう。


 王妃さまが一度も旦那様には視線を向けなかったことについては華麗にスルーしつつ、壇上から下がります。


 入れ替わりで壇上へと進むリバープール侯爵家、そして、壇の下へと詰めるグラスゴー侯爵家からも私への視線をちらちらと感じます。王妃さまのお言葉が聞こえる距離でしたものね?





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