第44話 大切なものは(2)



「奥様」

「どうしたの、スチュワート?」

「……見習いたちに、諜報の基礎を叩き込んでおきたいと思いますが」


 ……スチュワートがランドリネン商会に食いつきましたわね!?


「そ、そう? ほどほどでお願いね?」


「始動まであと2か月あります。十分に効果はあるかと。いや、洗濯を事業化するなど、どういうことかと思いましたが、そういうことでしたか。やはり奥様は、ウェリントンに欠かせないお方です」


 なんだか、腹黒さを誉められているようで、納得できませんわね?


「それと、ランドリネン商会を売り込む相手は、どのようにお考えですか?」


「……できるだけ、派閥に関係なく、というよりも、他派閥の、どちらかと言えば貧しい貴族家、主に子爵家や男爵家かしらね」


「一部、伯爵家も候補に入れて、王都内を効率良く動ける移動ルートもこちらで考えさせてください。それと貧しさに関係なく、選定したい家もいくつかあります」


「裕福なところは、使用人をしっかりと鍛えていて、情報が入らないのではないかしら?」

「奥様がおっしゃっていた、噂を流すという面では、貧富に関係なく重要なので」


「ああ、そうね……」


 ……スチュワートは、自分から仕事を増やすタイプですわね。まあ、食いついたのなら、手伝ってもらいましょう。


 あと、人数が増えたら、メイキング商会とか、バスタクシー商会とかに分割して、洗濯、ベッドメイク、馬車輸送に分けても……あら? 結局、ランドリーメイド、ハウスメイド、御者と、専属のようになってしまうわね……まあ、いいけれど。


「それにしても、奥様はどうして、洗濯の事業化など、思いつかれたのですか?」

「……私の実家が貧しくて、嫁いだこちらが裕福だったから、かしらね」

「どういうことですか?」


「ケンブリッジ伯爵家にはランドリーメイドなんていなかったわ。侍女のタバサも、お嬢さまと呼ばれる娘の私でさえ、洗濯物を絞ったり、干したりするのを手伝いました」

「そうだったのですか……」


「こちらに嫁いできたら、ランドリーメイドが専属で雇われていて、他のメイドたちもハウスメイド、キッチンメイドと専属で、私の手荒れがどんどん治っていったのよ」

「何と申し上げたら……」


「洗濯を事業化して商会を作ったら、そういう、私のような令嬢の手荒れが少しはマシにならないかなって思っただけ」


「……しかし、貧しい男爵家や子爵家は、ランドリネン商会と契約できないのでは?」


「そういう家には、ナナラブ商会で借金の一本化と利子率の軽減でお金を浮かせて、ドレスや洗濯を売りつけていくの。ドレスはともかく、ランドリネン商会との契約がナナラブ商会での借り換えの条件にしたいわね」


「なぜです?」

「ドレスよりも、情報の方が大切だからよ」

「……一般的な女性と異なる魅力を奥様はお持ちのようで」


 ……最後は嫌味になるのはどうしてかしら?






「……それでは、この条件でよろしくて?」

「はい。部屋住みの身で、心苦しかったので、本当に助かります」


 ウェンディー男爵家の次男、ケイレノン・ウェンディーはナナラブ商会に年額40ドラクマで雇われることとなりました。今年は残り2か月ほどですので、お試し期間ということも含めて、5ドラクマとしています。

 商会関係の場合、領地から雇わなくても、スチュワートにはとやかく言わせませんわ。


 貴族令息の場合、中には商会で働くなんて、というような、意味のないプライドを持つ者もおりますけれど、ケイレノンはそういうこともなく、喜んで就職を決めました。


 隣に座っているタイラントおにいさまも嬉しそうです。少しずつ忙しくなってきたのに、今まで一人でしたものね。


「しばらくはこの屋敷の客間のひとつに住んでもらいますわ」

「え?」


「あら、嫌だったかしら?」

「あ、いえ、ここの客間だと、その、立派過ぎて気が引けるというか……」


「気にしないで。商会の建物がまだ手に入ってないのですもの。ここなら使用人もしっかりしていますわよ?」

「そ、それも、緊張しますね……」

「実はおれも未だに緊張してんだよな……」


 ……貧乏男爵家出身だと、そうかもしれませんね。タイラントおにいさまの場合は、どうなのでしょうね。話を合わせているだけかもしれません。


 そんなことを応接室で話していたら、スチュワートが入室を求めてきました。ケイレノンに一言、断わりを入れて、スチュワートを入室させます。


「……申し訳ございません、奥様。緊急でございまして」


 差し出されたメモを見ます。


 ……ようやく来ましたね。


「……ごめんなさい、急な来客みたいなの。タイラント、あとはケイレノンを任せても大丈夫かしら?」

「ああ、わかった」

「フォレスター子爵夫人のご用事をどうぞ、優先なさってください」

「ありがとう」


 私はソファから立ち上がり、同じく立ち上がろうとした二人を制します。


「大丈夫よ、執務室で対応しますから」


 そうして、スチュワートと一緒に応接室を出ました。


「……それで、家令くらいは寄こしたのかしら?」

「いいえ。執事の一人です。寄子ではあります。ニルベジョージ・スティング子爵令息、次男です」


「……跡継ぎとはいえ、今は子爵家と軽く見たのね。うふふ」


「……奥様、わざと、大奥様の許しを得る前に書いて準備しておいた手紙をマンチェストル侯爵家に出しましたよね? フォレスター子爵家の名で? あちらが軽く見てくるように嵌めておいて、それを笑いますか」


「とりあえず、しばらく待たせておいて、準備ができたら執務室へ通して」

「無視ですか……」


 ……それでは、これまでの私を最大限に活かして、格上気取りのマンチェストル侯爵家の遣いに対応しますわ!





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