第40話 温泉に行くために必要なの(1)



 今夜はモザンビーク子爵家の夜会ですわ。


 もちろん、馬車は2台で、旦那様とは別です。

 今回は、静かにもう1台の馬車にお乗りになりました。ちゃんと静かにできて、立派ですわね、旦那様。成長を感じますわ……あら、子どもの話みたいね? 産んだ覚えはございませんけれど。


 いつもの護衛騎士侍女のクリステルと、元お友達侍女のユフィが三つ羽扇の襟のドレスで参加します。もちろん、私も、三つ羽扇の襟のドレスです。控えまではタバサとアリーも一緒です。

 御者はドットで、その御者席の隣にタイラントおにいさまが同席しています。

 あとは騎乗した護衛騎士たちです。


 残念ながら、会場のモザンビーク子爵家に着くと、先行の馬車から降りた旦那様のエスコートで馬車を降りて、案内に従って控えへと入ります。今回も、招待客の最上位です。

 ヨハネスバルク伯爵家と違って、ここでは使用人がピリピリと緊張感に溢れていますわね……。


 スチュワート情報によると、寄親であるリバープール侯爵家から家令がモザンビーク子爵家を訪ねたそうです。奥様の予想通りです、とか言われても別に嬉しくはありません。


 まあ、モザンビーク子爵家には、先に別室での面会を求める手紙を出しておきましたので、特に問題なく過ごせるかとは思います。


 他の招待客の入場が済んだらしく、案内の使用人が控えにやってきました。私も旦那様のエスコートで入場し、そのままモザンビーク子爵家のみなさまにご挨拶です。


 子爵、子爵夫人、嫡男の子爵令息、次男の子爵令息……この方が旦那様のご友人ですわね。この後もご友人なのかは責任を持てませんけれど……そして、長女の子爵令嬢。次女は、いませんわね? デビュー前でも、自家の夜会に出るのは問題ないのですけれど? 確か来年デビュー、私の弟たちと同い年です。


 ……ひょっとすると、出せない子、なのかもしれませんね。大丈夫なのかしら? それとも、少しでもうちの旦那様とのトラブル要因……要員とも言えますわね……は減らしたいのでしょうか。


 子爵は貴族らしい微笑みで頑張ってらっしゃいますけれど、夫人と子どもたちは、みんな顔が強張っていますわね。イルマ商会から流した事前情報のせいか、それとも寄親からの……きっと寄親の家令からきつく何かを言われたのでしょう。そうに決まっています。

 そして、うちの旦那様も、口元がほんの少しだけ、引きつっていますわね……。みなさんが緊張している原因は旦那様ですのよ? どうして旦那様が緊張しているのかしら?


 無難な挨拶、短いドレスの話で、さっと次の方に場を譲ります。今日は、子爵とは別室での時間がありますので、ここに時間は必要ありません。


 主催者の前を後にした私と旦那様のところには、結婚の祝いを述べる方がやってきては去って行きます。あっさりですわね。本当にそれだけです。

 そして、遠巻きにされて、私たちだけになりました。私と、旦那様と、招待客ではあるけれど、私の侍女、旦那様の侍従だけです。私と旦那様だけなら、ぽつんと放置される感じになっていましたわね……。


 来客も、ライスマル子爵家と比べると少なくて、すぐに子爵と子爵夫人のダンスの披露です。出席予定の方に、どこかからお断わりでも入ったのかもしれませんわね。

 ヨハネスバルク伯爵家と違って、旦那様のご友人はこちらに近づきませんわね? 旦那様、腫物扱いでしょうか……。


 ……あら、ドレスのスカートで隠れていますから、おそらく、ですけれど、子爵夫人が2回ほど、子爵の足を踏んだように見えましたわ。気のせいではないでしょうね。そんなに緊張しなくとも、今のところ、ライスマル子爵家のようになる予定はございませんのに。


 子爵夫妻がダンスを終えて、拍手が降り注いでも、子爵夫人の顔色は優れませんわね……あ、そういうことですか。この後、別室に子爵は来てくださるので、会場には子爵夫人だけが残される、と。

 その間はこの場の最高責任者ですわね。

 息子や娘があの様子ではあまり頼りになりそうにないので、子爵夫人は不安なのでしょうね。うちの不発弾が……。


 でも、大丈夫ですわ、子爵夫人。ご安心くださいな。


「……控えに下がります。スチュワート、旦那様をよろしくね?」

「お任せください、奥様」


 今日は番犬付きですの。うちの旦那様の動きは大丈夫ですわ! いえ、番犬ではなく、前世でいうリモコンかしら? しっかり旦那様を操ってもらいましょうね。スチュワートなら爆破スイッチを押したりしないでしょうし。


 私はクリステルとユフィを連れて控えに戻って休みます。控えにはタバサ、アリー、タイラントおにいさま、護衛騎士たちがいます。


 しばらくすると、ドアがノックされて、護衛騎士とクリステルが対応します。そして、家令と思われる使用人を連れたモザンビーク子爵が入ってきました。

 私への確認がないのはこの別室での会合は約束通りですし、ここがモザンビーク子爵家だから、というのもありますわね。


「お待ちしておりましたわ、モザンビーク子爵」

「お待たせしてしまいましたか、申し訳ないですな、フォレスター子爵夫人」


「座って話しましょう。時間もないようですし」

「ほう、フォレスター子爵夫人のためなら、時間などいくらでも」

「本日の夜会は、あまり長引かせるのはよろしくないのではありませんか?」


 ……参加人数が少ないと、それだけダンスを踊る相手も少なくなりますし、当然、会話も少なくなります。長引かせても客を退屈させるだけですわ。


「……そうですな。それで、お話とは?」


 対面のソファに座ったモザンビーク子爵は平然としているように見えて、小さく右手の人差し指が動き続けていますわね。私ごときを相手に緊張なさる必要はございませんのに。






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