第41話 温泉に行くために必要なの(2)



「今日は、モザンビーク子爵に、新興の商会をひとつ、ご紹介したいと考えましたの。こちら、ナナラブ商会のタイラントですわ。ぜひ、ご贔屓に願います」


「エカテリーナさま、ご紹介頂き、ありがたく存じます。ナナラブ商会の会頭で、タイラントと申します。どうか、よろしくお願いします」


 タイラントおにいさまはもちろん立ったままです。タイラントおにいさまが私を名前呼びしたのは、もちろん、親しい関係性のアピールです。

 いちいち従兄だとは言いませんけれど。言うとカーライル商会との繋がりまで芋づる式にわかってしまいますし。


 新興の商会と引き合わせるというのは、モザンビーク子爵には予想外のことだったようで、一瞬、呆けたように固まり、すぐに我に返ってタイラントおにいさまを見つめます。


「ウィリーレイズ・モザンビークだ。ナナラブ商会というのは初めて聞く。何を扱う?」

「しがない金貸しにございます。では、こちらの資料をご覧頂けますでしょうか」


 タイラントおにいさまがテーブルの上、子爵によく見える位置へ資料を置きます。

 資料はモザンビーク子爵家の借金の返済計画を簡単にまとめた表です。


 年数、元本、元の利子、子爵家の支払予定額、新たな利子、返還準備金が数字として並んでいます。私からタイラントおにいさまへのこの表のレクチャーは済んでおりますわ。


「何の数字だ?」


「……モザンビーク子爵家は、現在、イルマ商会、ヨハン商会、デンバー商会から合わせておよそ8000ドラクマ、借り入れてらっしゃる。さらには寄親のリバープール侯爵家から、5000ドラクマ、これも借入金ですね。ここにはリバープール侯爵家からのものは含んでいませんが」


「……よく調べたな。いや、そうか」


 子爵がちらりと私を見てから、タイラントおにいさまへと視線を戻します。どこの誰が調べたのか、理解されたのでしょう。


「続けたまえ」


「では。3つの商会を合わせて、モザンビーク子爵家は毎年、およそ2400ドラクマの利子を支払っています。もう3年続けて、利子のみで、元本には手が届いていないようで」


「……そんなところまで」


 タイラントおにいさまが資料の数字を指差しながら話し、子爵はそれを目で追いながら聞いています。


「そこで、我がナナラブ商会で、モザンビーク子爵家の借入金を一本化して整理してもらいたいのです。つまり、借り換えをして頂きたい。そして、借り換えた場合の利子は、こちらになります」


「馬鹿な……半額、だと?」


 元本が8000ドラクマ、元の利子が1年で2400ドラクマ……本当に暴利ですわね……そして、タイラントおにいさまが指し示すナナラブ商会での新たな利子は1年で1200ドラクマ……それでも暴利だと私は思いますけれど……これまでの半額になります。


「ただし、モザンビーク子爵家の毎年の支払予定額は2000ドラクマで考えています」


「それは、どういう……いや、続けてくれ」


「利子をお安くしますが、その代わり、5年間の元本返済禁止、新たな借金は必ずナナラブ商会との間で行うなど、貸付の契約に条件を加えます。そもそも、モザンビーク子爵家はこの3年間、元本の返済はできていないようですので、それがあと5年続くだけです。そして、毎年の支払予定額を2000ドラクマについてですが、これまでの2400ドラクマよりも、400ドラクマ、毎年、浮かせることが可能になります」


「ほう。だが、利子は1200ドラクマで支払が2000ドラクマだと、800ドラクマ、支払が多いことについては?」


「その800ドラクマは、こちらにある返還準備金としてお預かりいたします。5年間の元本返済禁止期間で、このように4000ドラクマ、貯まります。そうすると、6年目の元本が、ここに……」


「元本が4000ドラクマ……6年で今の借金が半分に……利子もさらに減って……いや、これだと8年後には完済できるのか? この資料では……」


「はい。8年目は2000ドラクマではなく、1140ドラクマのお支払で、8000ドラクマの借入金が完済となります」


「驚いた。この資料は、わかりやすいな。そして、今の借金よりも、ずいぶんと優遇されている」


「はい。今のまま、借り換えずにいれば、毎年2400ドラクマを払い続けても、元本は減らずに8000ドラクマのままなのに、8年後には我がナナラブ商会よりもおよそ4000ドラクマ、多く支払うことになります。元本が消えませんので、その先も支払いは続くことになるでしょう」


「なるほど、ここの数字は借り換えをしない場合の支払額か……」


 モザンビーク子爵は資料から顔を上げて、私の方を見ました。選手交代のようですわ。では、エカテリーナ、行きます。


「何か、気になることでもございますの? モザンビーク子爵?」


「これほどの優遇ができる商会をわざわざ教えてくださるのは、何か、フォレスター子爵夫人から、私にご希望があるのでは? もしかすると、ウェリントンを親とせよ、と?」


「いいえ。ご覧の通り、タイラントが示した資料には、リバープール侯爵家からの借り入れには触れておりません。ウェリントンは新たな養子を求めてはおりませんわ」


 ……そもそも、おそらくですけれど、リバープール侯爵家は貸したお金を返せとは言っていないはずです。それが寄親というものです。その代わり、ちょっとした無理難題は押し付けられるのでしょうけれど。ねちねちと、ずっと。


「……では、何を?」

「私の願いは3つ」

「3つ……」


「まず、子爵家のお嬢さま方の来年のドレスを、私が紹介するドレスメーカーで購入してほしいのです」


「それは……フォレスター子爵夫人のドレスに興味を持っておりましたから、おそらく、うちの娘も喜ぶので……問題、ない、ですな? む? 子爵夫人に利は、ないのでは?」


「私の利はありますわ。流行は数ですもの」


 そう言いながら、私はさらりと三つ羽扇の襟に触れます。

 浮いたお金の400ドラクマでマダム・サラの顧客になって頂きますわ。今の借金経営で苦しい中なら、ザラクロ商会の価格破壊ドレスは喜ばれるでしょうし、三つ羽扇の襟にも興味はあるみたいですから。


「ああ、なるほど……」


「ドレス代も、借り換えで浮いた400ドラクマから準備できるでしょう?」


「確かにそうですな」


「2つ目は、モザンビーク子爵家のベッドシーツと枕カバーを洗濯させて頂きたいの」


「は……?」


 私の唐突な洗濯発言に、これまでと違って、モザンビーク子爵の顔が大きく崩れましたわ。そうですわね、意味不明ですものね。


 ……うふふ、ランドリネン商会の、初仕事ですわ! まだ商会はありませんけれど! 洗濯の事業化を進めますわ!


 まあ、これは雇用のためと、貧乏令嬢のみなさまの手荒れ防止のためであって、大きな利益は追求しませんけれど。本当の目的は別にありますし。






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