第27話 貴族らしく、たくましく(1)
3日目。今夜はヨハネスバルク伯爵家の夜会ですわ。
「奥様。ミセス・ボードレーリルが、最後の挨拶に」
「通して頂戴」
私室で侍女軍団に髪を結ってもらっている最中ではあるけれど、オルタニア夫人がミセス・ボードレーリルを招き入れます。
「ごめんなさいね、こんな状態で」
「いいえ、若奥様。こちらこそ、申し訳ございません。お忙しいとは思いますけれど、最後に挨拶を」
「いつかまた会えるわ、ボードレーリル子爵夫人。それよりも、できる限り早く、最長でもひと月で、終わらせて頂戴。来月には、ノルマンデイラ夫人にこの屋敷にいてもらわないと困るわ」
ノルマンデイラ夫人というのは、フォレスター子爵家が所有しているレンゲル高原の別荘の家政婦です。ボードレーリル子爵夫人の後任として、フォレスター子爵家の家政婦に異動です。ボードレーリル子爵夫人とは配置転換ですわね。
はじめはボードレーリル子爵家へ戻そうかと思っていましたけれど、オルタニア夫人が後任の家政婦になってくれないというので、レンゲル高原の別荘と家政婦をチェンジですわ!
「はい、若奥様。奥様の侍女としてお仕えしていた頃に、何度かあの別荘には行きました。別荘のこともそれなりに知っておりますので引継ぎはかなり早くできると思います。ご安心ください。それと、このようなご温情を賜り、本当にありがとうございました」
ご温情というのは、解雇ではなく配置転換になったこと。やはり、解雇だとボードレーリル子爵夫人の立場が悪くなり過ぎます。お義母さまは、私にそれを冷徹にやらせたかったようですけれど。
この方がいろいろと都合がいいのですもの。
「お義母さまが、あの別荘には毎年、夏に行くとおっしゃっていたわ。あなたにとってはよく知る相手ですもの、しっかりともてなしてあげてね?」
「はい、若奥様。私もそれが楽しみです」
次期侯爵夫人に対する教育の教材として、嫁に解雇させようと思っていた息子一家の家政婦で、元侍女で、元乳母という存在と、毎年、夏に顔を合わせて、ちょっとでも気まずい思いをしてくださいませ、お義母さま……。
ほんの小さな嫌がらせですわ! おそらく、お義母さまは大して気にしないでしょうけれど。
「旦那様には挨拶できたのかしら?」
「いえ、お会いできる時間にお戻りではありませんでしたので。でも、これで良かったのだと思います。若奥様、本当に申し訳ございませんでした。これで失礼いたします」
「私、あなたの正論は嫌いじゃなかったわ、ボードレーリル子爵夫人。本当よ? ねえ、体には気を付けて。これからの季節、レンゲル高原は寒いはずよ」
「はい、気を付けます、若奥様。ありがとうございます」
ほんのちょっぴり涙ぐんだボードレーリル子爵夫人が、オルタニア夫人に付き添われて、私の私室を出て行きました。
彼女への処分が甘いという意見もありましたけれど、彼女がしたことは、あくまでもフォレスター子爵家内でのこと、と私は考えましたの。
私の欠席予定を出席に、勝手に変えた、というだけ。それがたまたま、あの夜会だった、と。
だから、処分はするけれど、解雇のような重さにはせずに、配置転換、まあ実質的には左遷という、ほどほどに重い処分としました。
後任の都合も含めて、それが丁度良かったというのもありますわね。
毎年の夏の骨休めに、あの真面目なボードレーリル子爵夫人から、お義母さまが正論でいろいろと言われる姿を想像すると、ちょっとだけ癒されますわ……。
旦那様がお戻りになって、着替えてらっしゃいます。
着替え終わったら、ヨハネスバルク伯爵家の夜会へ向かいます。
今夜はクリステルとアリーが三つ羽扇の襟のドレスで、私の護衛ですわ。もちろん、私も三つ羽扇の襟のドレスです。
大夜会やウェリントンの本家主催の夜会では、マダム・シンクレアのドレスですもの。今のうちに三つ羽扇の襟のドレスを着ておかないと。
旦那様よりも先に準備を終えます。本当は女性の方が準備に時間はかかるのですけれど、単純に旦那様よりもはるかに早い時間から準備を進めていただけのことです。
旦那様を待たずに、御者のドットのエスコートで馬車に乗り込みます。同じく、ドットのエスコートで、クリステル、アリー、そして、会場の控えで待機するためにタバサとユフィも乗り込みます。
今回は最初から馬車2台の体制ですわ。道中のうざい話も聞かずに済みますし、先に帰ったとしても、いちいち旦那様の馬車を用意させる必要もありません。
……先に帰る気で最初から行くつもりですもの。当然ですわ。
どういうことだ、とか、なぜ別の馬車に、とか、何をふざけたことを、とか、外から聞こえてきますけれど、聞き流しておきます。けれども、旦那様の馬車の方が前なので、とっとと乗って頂きたいですわね。
シンプルに理由を言葉にすれば、夫婦仲がよろしくないから、ですわよ?
結婚してから、顔を合わせた時間と、合わせていない時間と、どちらが長いと思ってらっしゃるのかしら? 圧倒的に、顔を合わせていない時間の方が長いのに……。
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