第28話 貴族らしく、たくましく(2)
出発前にごたごたしていましたが、ようやく馬車が動き始めました。
旦那様のうざい話がないだけで、車内は抜群に快適ですわ。
そして、残念ですけれど、会場に到着しますと、旦那様のエスコートで馬車を降りなければなりませんの。
「どうして別の馬車にしたんだい、リーナ?」
「特に理由はありませんわ、旦那様」
……こんな話題になるということは、旦那様はまだスチュワートのメモに目を通していないようですわね。小言を言われるからと逃げ回っているとか、子どもかしら? ……まあ、大きな子どもみたいなものよね。
「馬車の中で、リストについて話そうと思っていたんだよ、リーナ?」
「ヨハネスバルク伯爵令息ですか?」
「そうだよ、彼はね……」
うざいので聞き流しながら歩きます。
一度、控えに通されて、クリステルやアリーとは別行動になります。今回も、招待客の中で最上位ですわ。あくまでも男爵家のクリステルやアリーは、旦那様の侍従たちのエスコートで先に会場へと入ります。
控えには、タバサ、ユフィ、それに旦那様の侍従に見せかけた護衛騎士がおりますので、クリステルが一時的に離れても問題はありません。
ヨハネスバルク伯爵家ならば、ウェリントン侯爵家以上の家柄も招待できるでしょう。それでも、旦那様と私の結婚を祝う、というお題目ですものね。本音は経済的な支援だったとしても……。
……まあ、今は、セラ商会から情報を伝えられて、大急ぎで考えた旦那様対策をどれだけうまく遂行できるか、というようなことしか、頭にないでしょうけれどね。
「それで、今日は、君とのダンスを楽しみにしているんだよ、リーナ。領地で踊ってから、君とは踊っていないものね、リーナ」
……聞き流せない言葉が出ましたわね?
「……あら、旦那様。出発前にスチュワートから、何か言われておりませんか?」
「ああ、あいつ、今日は一切ダンスを踊るなとか、おかしなことを言って、私を困らせるんだよ、リーナ。ふざけていると思わないかい、リーナ?」
……旦那様が、スチュワートを困らせることはあっても、その逆が起きる可能性はとてつもなく低いと思いますわ。そして、旦那様以外は、誰一人として、ふざけておりませんの。
丁度、案内役に呼び出されましたので、この話はそこまでとして、会場へと入りました。
そのまま、主催者である伯爵一家の前へと進み出ます。
ヨハネスバルク伯爵が、伯爵夫人、嫡男で旦那様のご友人の伯爵令息、次男の伯爵令息、長女の伯爵令嬢を紹介してくださいます。
旦那様は初対面らしい伯爵令嬢に自己紹介をしてから、妻である私をみなさんに紹介してくださいました。
普通はここで、男性、女性に分かれて会話を少し重ねるのですけれど……。
「今夜は、君とのダンスを期待してもいいかい?」
旦那様は伯爵令嬢にダンスの誘いを掛けていますわ。
……この不発弾はいつ爆発するか、わかりませんわね、本当に。
伯爵も伯爵夫人も、表情を全く変えません。さすが、年の功ですわ。けれど、息子二人と娘はやや表情が固まりましたわね……なんだか申し訳ないわ……。
私に視線が向かってきましたけれど、そっと扇を開いて視線を合わせないようにしますわね、ごめんなさいね。
ますます伯爵令嬢の表情が固まりましたわ。でも、瞳に力が入ったのもわかりました。自分で対処しなければならないと理解したのでしょう。こちらが、どういう態度に出るのか、待っているのだ、ということも、理解したはずですわ。
「……ズシマーリの風が吹きましたら、その時には」
まあ、お見事ですわ! さすがは伯爵令嬢ですわね。
ズシマーリはベルラティー島の西海岸でも有名な風待ち港です。その風が吹けば、ということは、今は風が吹いていない、ということで、この場合は、ダンスは『待て』という意味になります。旦那様をワンコ扱いなのもいいですわ! 貴族らしい遠回しな拒絶です。
しっかりと旦那様対策を立てているようで安心しました。
「ズシマーリの風は、なかなか吹きませんものね。10日待つこともあるそうですわ。今日はきっと吹かないでしょう」
私は微笑みとともに、言葉を返します。
固くなっていた伯爵令嬢の表情が少しだけほぐれて、微笑みに変わりました。意味が伝わって良かったです。
「左右の襟の形が違うんですのね」
伯爵令嬢はさらりと私のドレスに話題を変えてきます。これもいいですわ。
「ええ、おもしろいデザインでしょう?」
「これは、扇襟に似ていますわね」
伯爵夫人も、扇襟が分かるくらい、きちんと学んだ人らしいですわね。
惜しいですわ、息子と仲が良いからと、旦那様なんかと繋がろうと考えなければ、こんな無駄な苦労をせずに済んだものを……この伯爵家、男性陣がダメなのかしら……? あら、ブーメランですわね。うちも旦那様が残念な方でしたわ。
「私は、三つ羽扇と呼んでおりますの。扇襟を小さくすると、いいアクセントでしょう?」
「そうですわね、片側だけ、というのも興味深いですわ。どちらのドレスでして?」
「できたばかりの、小さなドレスメーカーですのよ」
にこり、と笑顔を添えます。いい宣伝になりましたわね。これで、この夜会の間、私とクリステル、アリーのドレスの三つ羽扇を見た人たちとの話題になることでしょう。
「旦那様、そろそろ、次の方に……」
「ああ、そうだね、リーナ」
ドレスメーカーがどこか、教えてほしそうな夫人と令嬢を置き去りにして、さらっと切り上げます。
デザインを真似るのは自由ですもの。著作権など、ないのですから。ほしければ、よく注文するドレスメーカーにこのデザインでと頼めばよいのです。
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