第29話 貴族らしく、たくましく(3)



 主催者から離れて、食べ物、飲み物があるテーブルの近くに移動します。もちろん、私は、一切、食べませんし、飲みませんわ。旦那様はまた、食べておりますし、飲んでおりますわね……。


 今回は、話しかけてくる方は、結婚のお祝いぐらいで、さっと離れていきますわね。ドレスのことを聞きたそうな方もいらっしゃるけれど、できるだけ、旦那様に近づかないように、という共通理解が裏で徹底されているようです。


 ……ヨハネスバルク伯爵家は、短い時間で対策を頑張りましたわね。お見事ですわ。招待している方たちが伯爵家に近い方々だったから、というのもあるのでしょうね。


 こうやって、ウェリントン侯爵家の経済力に群がる虫のような連中を追い払いたいのでしょうね、お義母さまは。ついでに、何か、毟り取りたいのかもしれません。


 うかつに近づけば、とんでもない火傷をする。それだけの覚悟を持って、近付いてきなさい、と。


 自分たちの都合に合わせて、利用できる相手ではないわよ、と。


 主催者への挨拶を終えて、クリステルやアリーも合流しました。


「三つ羽扇について、伯爵令嬢に聞かれました、奥様」


「そう。どう答えたの、アリー?」


「ご指示通り、『全て奥様が整えてくださいました』と」


「ありがとう、それでいいわ」


「はい」


 ……ずいぶん、興味を持っていますわね。爵位が下のこの子、アリーからなら、と考えたのでしょうね。でも、そう簡単に情報は与えませんわよ? 情報の価値はそうやって高めるものですもの。


 来客のみなさんの、主催者への挨拶が終わって、伯爵と伯爵夫人のダンスが始まりました。


 それとほぼ同時に、旦那様のご友人である伯爵令息が、旦那様の隣にぴったりと張り付きました。


 まあ、守りを固めますわね! そして、私たちの近くには、他のお客さまは近づきませんわ!


「ダンスは、夫人とだろ? 新妻と仲のいいところ、見せてくれよ?」


「ああ、もちろんだよ」


 ……残念ながら、それは油断ですわよ、ご友人さま。


 さすがは伯爵夫妻、という見事なダンスの披露が終わりました。


 伯爵令息は旦那様の背に軽く手を添えて、私の方へと押し出してきますわ。


 ライスマル子爵家と同じ失敗はしない、そのための対策は万全だ、とでも思ってらっしゃるのかもしれませんわね。


「リーナ、踊ろう」


 アゴに視線を集中しておりますけれど、アゴの動きで微笑んでいることがうかがえますわね。でも、旦那様のその微笑み、瞬間冷凍させましょうね。


「いいえ、旦那様。私、ダンスの順番は守りたいのです。今は、旦那様と私のダンスの順番ではございませんわ。ですので、お断わり致します」


「え、何を……」


 旦那様から、ちらりと伯爵令息へ視線を流せば、顔色がはっきりと悪くなっていますわね。まあ、それは楽しい夜会で見せるお顔ではございませんわ?


 でも、その顔色だと、意味は伝わったのでしょう? ただ単に、今、踊らないという意味ではないということも含めて?


 ごく普通の夜会であれば、主催者のダンスが終われば、次は来客のダンスの順番です。でも、私は順番が違うと言います。


 その意味を理解したから、伯爵令息は顔色を変えたのでしょうね。


 それが一瞬で理解できる、なかなか優秀な跡取りですのに、どうしてでしょうね? それだけ、優秀な者ですら目がくらむほどに、ウェリントンの経済力が魅力的だということなのかもしれませんわね。


「リーナ、そんなことを言わずに……」


「な、なあ、レスター。君に相談したいことがあるんだ、すごく重要なことなんだよ。すまないが、別室で真剣に話したいんだ。子爵夫人、レスターをお借りしても構わないだろうか?」


 ……あら。ここまで対策していたのですね。別室へと連れて行けば、ダンスは踊れませんものね。


 ダンスのために私の手を取ろうとした旦那様の腕を伯爵令息が掴んで止めましたわ。お見事です。さすがは近衛とはいえ、騎士ですわね……。


「もちろん、よろしいですわ。殿方には殿方との話があるのでしょう? 私、旦那様とダンスは踊りませんから、どうぞ、そのまま、旦那様はお連れくださいませ」


 私は、今日の難問にきっちりと正解を出せた伯爵令息へと微笑みました。よくできました、という気持ちを込めて。


 そのまま、割と強引に、伯爵令息は旦那様を会場から連れ出して、別室へと向かいました。おそらく、旦那様がこの会場へと戻る頃には、音楽は止んでいるのでしょう。


 ヨハネスバルク伯爵家、お見事ですわ!


 旦那様が伯爵令息に連れ出された途端に、ダンスを踊っていない令嬢が集まってきました。そこからは三つ羽扇の襟のドレスの話題になります。


 旦那様が女性陣にとって邪魔になっていたとは、なかなかおもしろい状況ですわね。


 集まった令嬢の中には、伯爵令嬢もいました。


「……あの、フォレスター子爵夫人。エカテリーナさまとお呼びすることをお許し頂けますか?」


「ええ、よろしいですわ。私も、フランシーヌさまとお呼びしても?」


 ヨハネスバルク伯爵家は合格ですもの、もちろん、許しますわ。


「はい。もちろんです。これからもどうか、仲良くしてくださいませ」


 嫡男同士の関係ではなく、娘と夫人との関係でフォレスター子爵家と、ひいてはウェリントン侯爵家と繋がろうとするその姿勢、きちんと計算ができていて、実にいいですわ! 仲良くできそうです!


 夫婦仲が良くないところを見せつけて良かったですわ!


 こうして、ヨハネスバルク伯爵家は、見事に不発弾の処理を済ませました。直前に与えられた情報で本当によくやれたと思います。


 あ、もちろん、旦那様が会場に戻る前に、私、先にお屋敷へと帰りました。


 後から旦那様の侍従に確認しましたが、予想通り、旦那様が別室から戻った後は、音楽は止んでいたそうです。





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