第26話 それは薬か、それとも毒か(2)



 二日目。

 まずはマクベ商会から届いた、面会依頼のお手紙ですわ。


「いつも通り、都合のいい予定で返事を」


「そうですね、明日はヨハネスバルク伯爵家の夜会ですし、3日後はモザンビーク子爵家の夜会、6日後は大夜会です。明後日、4日後か、5日後、または大夜会の後、いつがよろしいですか?」


「……そうね。明後日の午後にしましょう」

「……早めに対応なさるのですね?」


「何? スチュワート、あなた、私のことを極悪人のように思っているのかしら?」

「……そのようなことはございません」


「他の商会に動きは?」

「特にありませんが、ククリ商会にライスマル子爵家の家令が接触しました」


「取引は?」

「なかったようです」

「そう」


 スチュワートに資料を持って来させて、ククリ商会を確認します。4代目に代替わりしたばかりの商会で、後見している3代目が実質的には指示を出しているようです。ライスマル子爵家との付き合いも長いようです。


 午後に、そのククリ商会の先代である3代目がやってきました。もちろん、急な訪問ですわ。


「……どうなさいますか?」

「……子爵家との取引はなかったのよね?」


「はい、そう報告を受けております」

「何か、言ってるの?」

「どうしても、緊急で相談したいことがある、ということですが?」


「うーん……」


 本来なら、追い返してもよいのでしょうけれど。こちらの意図を汲んで、取引はせずに、それでいて緊急で相談したいというのは……。


「……いいわ。執務室へ通して」

「よろしいのですか?」


「カンよ……」

「奥様……」

「いいから、早く済ませましょう」


 私の言葉遣いが気になるスチュワートを追い出して、お客様を呼びに行かせます。その間に、ヨハネスバルク伯爵家とモザンビーク子爵家の資料に改めて目を通します。


「奥様、ククリ商会のラース殿です」

「入って」


 40代後半か、50代前半か、白髪交じりの赤毛のおじさんが、茶色の瞳を尖らせて入室してきましたわ。あら、戦闘態勢ですわね……。


「急な面会に応じてくださって、ありがとうございまさぁ。ククリ商会の先代会頭で、今は後見をしておりまさぁ、ラースでございまさぁ」

「緊急だそうね? 何かしら?」


 ラースの目がさらに細められましたわ。強気な方ですわね。


「……ウェリントンの若奥様。ククリ商会は、先代のライスマル子爵にずいぶんとお世話になりやした。ですが、今は、侯爵家からの脅しで、取引を止めておりまさぁ」

「あら、脅しとは、ずいぶんな言い様ね」


「ベルラティー島の西海岸の5つの港を押さえる侯爵家から、港の利用も含めた通行の禁止などと言われりゃあ、それは王都の商会にとって脅しとしか言えませんや」


 ……実は5つではなく、4つの港です。ひとつは、旦那様が婚約破棄された時に、公爵家への賠償として手放しました。旦那様、本当にろくでもないですわね。


「そうなの。それで?」

「ククリ商会はウェリントンの若奥様のお望み通り、潰しまさぁ。ですが、それに息子や孫を巻き込みたくねぇんですよ」


「私、ククリ商会を潰したいなどと、口にしたことはございませんけれど?」

「侯爵領の通行禁止は、ククリ商会が潰れるしかないくらい、大きいことでさぁ」


「ククリ商会に侯爵領の通行禁止を通達した覚えはありませんわ? 本家からそのような話があったのかしら?」


「いいえ。ですが、あっしは恩のあるライスマル子爵家と取引をしようと思っておりまさぁ。だから、すぐに通行禁止を命じられるでやんしょ? ククリ商会はそれで潰しまさぁ。でも、息子と孫が新たに起こす別の商会には、手出し無用でお願いしたいんでさぁ」


 ……ライスマルの大奥様の人望かしらね。それとも前子爵かしら? なかなか骨のある商人に慕われていたのね。


「ラース。子爵家の門に弔意を表す黒布が結ばれたと聞いています。あなたの言う子爵家との取引というのはひょっとすると、葬儀の関係かしら?」


「……そうでさぁ。家令のバステン殿が葬儀に関する手配を頼みに来やした。ですが、4代目は……息子はウェリントン侯爵家からの通達で、それを、断り、やした。先代との繋がりでバステン殿はあっしのところにも顔を出したんで、今の状況を説明したら、真っ青になってやしたぜ」


「それで、その葬儀の手配を引き受けたい、それでククリ商会が潰れてもかまわない、そういうことね?」

「そうでさぁ」


「恩があるから?」


「大陸との船を沈めちまったことがありやしてね。その時に、ライスマル子爵家の食料品から、日用品まで、全部、先代はウチへ話を回してくださって、お陰で店を潰さずに済んだんでさぁ。潰れるところを助けてもらったんだから、その分、恩を返して、ウチの商会が潰れるのもしょうがねぇってモンで。それで、大奥様の葬儀ができるんなら、あっしは……」


 堂々と、子爵夫人で、次期侯爵夫人でもある私をまっすぐ見据える度胸は、興味深いですわね。それと、ライスマルの大奥様への想いですわね……この義理堅さ、気に入りましたわ。エカテリーナ、行きます……。


「ラース。葬儀の手配は、子爵家とククリ商会との間に、必ず、神殿を挟みなさい。直接の取引は認めません。けれど、ライスマルの大奥様の葬儀は、それできっちりとできるように手配なさい」

「……」


「ククリ商会を潰す必要はありません。ただ、見逃すのは神殿を間に挟んだ葬儀の手配だけよ。よろしくて?」


 あら、驚いてラースが目を見開いてますわね?


「聞こえたかしら? 私、忙しいのです。用が済んだのなら、退室を。スチュワート!」

「はい、奥様。では、どうぞ、お帰りに」


 スチュワートが退室を促すと、ラースははっと我に返って、ぶうんと風音がするくらい大きく頭を下げました。あんな音、するんですのね……。


「ありがとうございまさぁ、ウェリントンの若奥様……」

「ライスマルの大奥様の最後、きっちり頼みましたわよ?」

「はい、はい。必ず……」


 感激屋なのかしら? 泣いていますわね? まあ、いいですけれど。


 ククリ商会の先代、ラースを泣かせたまま追い出したスチュワートが執務室へ戻ってきました。


「……奥様、甘いのでは?」

「葬儀にケチを付けるのは、得策ではないわ」

「ケチ、とは……もう少し、言葉を選んで……」


「……言葉なんて今さらだわ。ああ、ククリ商会には監視を忘れずにお願いね。それと、うちとククリ商会の取引の記録をまとめさせておいて。何? 心配いらないわ、大丈夫よ。マクベ商会には、そういうのはないから。それよりも、この資料にあるイルマ商会とセラ商会に、ライスマル子爵家での夜会の情報を流して頂戴」


「……それぞれ、モザンビーク子爵家とヨハネスバルク伯爵家に繋がりがある商会ですね?」

「そうよ。何が起きたか、教えてあげるの。夜会での対策が立てられるように」

「やはり甘くないですか、奥様?」


「そうかしら? 伯爵家はともかく、今回のライスマル子爵家の一件で、モザンビーク子爵家については、下手を打たないように寄親のリバープール侯爵家が動くのではないかしら? 全方位を敵に回すより、鞭だけでなく飴も与えておくべきだわ。見せしめはひとつで十分よ」


「ウェリントン侯爵家にはそれでも戦う力はございますよ?」

「敵を潰せるからといって、潰せばいいなんて考えは、戦乱の時代であったとしても愚かなことだわ。力なんて必要な時に、必要な分だけ、効率良く振るえばいいのよ」


「……そのお言葉、よく覚えておきます」


 舞台上の役者のようにわざとらしく、スチュワートはそう言いました。あら、そんな悪ふざけもできましたのね?


 ちなみに、この2日目の夜も、旦那様は帰ってきませんでしたわ。あきれますわ、本当に。





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