第33話 答え合わせとお願い(1)



 朝、近衛騎士のお仕事のため王宮へと向かう旦那様のお見送りです。あら、そういえばこのお見送りも久しぶりですわ。


 ……そもそもほとんど帰宅なさらなかったものね。


 玄関ホールに侍女たちを引き連れて私が姿を見せると、旦那様の口の端がピクリと引きつるのが見えました。あら、引きつった真顔のイケメンフェイスは効果半減ですわね?

 政略結婚とはいえ、妻の姿を見て口元を引きつらせるなんて、紳士としてあるまじき態度ですわよ、旦那様?


「近衛騎士のお仕事、頑張ってくださいませ、旦那様」

「あ、ああ……」

「久しぶりに、こうして旦那様の朝のお見送りができて良かったですわ」


 旦那様が口元をピクリ、ピクリ、と2回、引きつらせましたわ? あら、口元が引きつると本当にイケメンフェイスの効果が半減ですわ。ほどよく視界に入れられるイケメンで助かりますわね。アゴに視線を集中させようとすると目が疲れますもの。


「で、では、い、いってくる……」

「はい。どうか、お気をつけていってらっしゃいませ」


「う、うむ……」

「あ、旦那様」


「な、なんだ?」

「伝え忘れておりましたことが……」

「ま、まだ、何か、あるのか?」


 ……おかしいわ? あの神々しいまでのイケメンフェイスが激しく崩れていますわね? まるで獣に怯えながらもなんとか虚勢を張っているような、そのような感じがしますわ?


 とりあえず、近付いて小声で旦那様に話しかけます。傍から見れば、夫婦、仲睦まじく、内緒話をしているように見えるでしょう。では、エカテリーナ、行きます。


「早急に、2000ドラクマのご用意を、旦那様」

「は?」


「私と夜会で最初にダンスを踊らなかったのです。それでも女主人として尊重していると主張なさるおつもりですか?」

「わ、わかった、早急に準備する……」


 うふふ。お小遣いが増えますわね。

 ……あら、私もフォレスター子爵家に染まってきたようですわ。2000ドラクマをお小遣いのように感じてしまうとは。


「いってらっしゃいませ、旦那様」


 私は微笑みで旦那様をお見送り致します。

 旦那様からは引きつった真顔が返ってきましたわ……あれが社交界一、モテる紳士だとは、世も末ですわね……みなさん、あの方のどこがいいのかしらね……。






 旦那様をお見送りした後は執務室へスチュワートを呼び出します。家令とはいえ、男性と二人きりにはなれないので、オルタニア夫人とタバサに同席してもらいます。

 資料に目を通しながら、スチュワートには視線を向けずに執務を進めておりました。


「旦那様は、あなたの話を聞いたかしら?」

「……はい。これまでにないほど、真剣に話を聞いて頂けました」

「そう。良かったわ」


 ……昨夜の旦那様は、呆然自失という感じもありましたから、本当に話を聞いていたのか、疑わしくはあります。けれど、スチュワートがそう言うのなら、そうなのでしょう。


「……あの、奥様は、いつも、書類を読むのがとても速いのですが、それは、本当に読んでらっしゃいますか?」

「あら、私の仕事を疑うのかしら、スチュワート?」


「いいえ。執務の処理について、疑問を抱いたことはございません。奥様の優秀さは、おそらく、この世の誰よりも感じております」


「……あなた、お世辞も言えるのね。これは斜め読みですわ。ざっと全体に目を通して、大まかな内容を把握しているの。それで、気になったところを確認して、そこはしっかりと読むのよ」

「はあ」


「スチュワート。あなたたちだって、いろいろなところで噂を耳にしても、その全部が気になる訳ではないでしょう?」

「ええ、そうですね」


「でも、気になる噂は、しっかりと確認して、情報を精査するでしょう?」

「はい、もちろんです」

「それと同じようなものよ」


「……奥様にとって執務の書類は噂と同じ扱いですか」


 ……なんとなく、棘が含まれている気がしますわ。


「ああ、そうそう。噂といえば……」

「何でございましょうか」


「スチュワート、あなた、私の噂について調べたのでしょう? 私に関する噂と、私と旦那様との婚約の経緯を説明してもらえる? 自分のことが世間でどう思われているのか、知っていた方がいいと思うの」


「……あれは、苦い失敗でしたね。時間がなかったとはいえ」


 あら、これだけ優秀なスチュワートにも失敗はありますのね。


 スチュワートによると、私の噂は二種類、流れていたらしいですわ。

 ひとつは、図書館で静かに本を読む、とても大人しくて、侍女や侍従と接する様子から、優しいとわかる令嬢。

 もうひとつは、王立図書館の司書が驚くほど、難読書をすらすらと読む、とても優秀な令嬢。


 ……まるで別人の話ですわね。同じ人間の噂とは思えませんわ。


 そもそもの話。

 スチュワートは、公爵令嬢からの婚約破棄で、旦那様に「つなぎ」の婚約者となる令嬢を探すようにお義母さまから命じられていたそうです。


 要するに、婚約破棄の醜聞を消せたら、穏便に婚約解消ができるような相手で、それでいて、家格は侯爵家に相応しい令嬢を探せ、と。ある意味では無理難題ですわね……婚約相手を傷物にする前提ですもの……。





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