第34話 答え合わせとお願い(2)
「……お怒りにならないのですか?」
「どこに怒る必要がありますの? 侯爵家のような高位貴族なら、そのくらいのことは当然、考えていなければおかしいでしょう?」
スチュワートは一度、目を閉じてから、ゆっくりと息を吐くと、目を細く開いて、何とも言えない表情で私を見つめました。
「……そういうところですよ。そういうところと、さらには講師となったみなさんが誉める優秀さを大奥様が認められて、次の婚約者は探さなくてよいとおっしゃったのですよ。奥様が婚約者としてウェリントン侯爵家で学ぶようになってから、かなり早い段階で。リーゼンバーグス公爵令嬢への慰謝料に充てたミンスクの港に関しても、奥様の言葉に助けられたと大奥様から聞いてます」
……ミンスクは渡せないけれど、渡さなければ婚約破棄の一件について片が付かないと、お義母さまが困ってらっしゃったわよね。
私は前世の記憶で、ホンコンやマカオのことを知っていたから、ミンスクの港は期限を決めて渡して、期限が過ぎたら取り戻せるようにすればよいのではありませんか、と言ってみただけですけれど。
その結果、30年間という、長いとも短いとも言えない、少なくとも公爵令嬢が生きていそうな期間は譲り渡して、死んだ後か、死ぬ直前には取り戻せる年数でミンスクを公爵家に渡したのです。
お義母さまは満足なさっていたように見えましたわ。けれど……どうかしらね……。
「問題は、解消予定の相手、ということで、大奥様がこの婚約については旦那様……当時は若様ですね……旦那様を成長させるために、旦那様に一任なさっていたので……」
「……侯爵家が介入する前に、私と旦那様との間で、あの契約を結んでしまっていた、と?」
「はい……若様の……旦那様の後ろで私もなんとかあの契約を止めようとしたのですが、奥様の勢いに抗えない旦那様をお止めする術もなく……もちろん、結果として、ウェリントン侯爵家が奥様を得られたことは、旦那様の最大の成果と言えます。あくまでも結果論ですが……」
……私にとっても、幸運でしたわね。10万ドラクマですもの。うふふ。それに、ウェリントン侯爵家ではなく、旦那様を相手とした交渉なんて、幼子を騙すよりも容易いかもしれませんもの。でも、そのような状況だったとは。
「……でも、そうすると、スチュワートは、私のことを、『王立図書館の司書が驚くほど、難読書をすらすらと読む、とても優秀な令嬢』ではなく、『図書館で静かに本を読む、とても大人しくて、侍女や侍従と接する様子から、優しいとわかる令嬢』だと判断していたということになるわね? 穏便に婚約解消に持ち込むつもりだったのだもの。まあ、私の実家はあの借金が消えるのなら、婚約解消に否はなかったでしょうし」
「そこは、我々の調査の手落ちでした。時間が足りない中での調査、という理由はありましたが」
「優秀なウェリントン侯爵家の使用人にしては珍しいわね。何があったの?」
「……図書館令嬢の噂はふたつ、そして、図書館令嬢は二人、いたのです。奥様のご友人の」
「ああ、アリステラさまね」
「そうです。調査に当たった者は、もちろん王立図書館の中にも入りました。しかし、奥様には侍女と侍従、タバサとドットですね。この二人がしっかりと侍っていて、なかなか近づくことができません。対して、もう一人は男爵令嬢で、旦那様の婚約者候補からは外れておりますが、その侍女は平民で、こちらの方は接触も容易く、『そちらのお嬢さまと親しくなりたいのだが、何という本を読んでいるのか、教えてもらえないだろうか』と言って小銭を渡せば、すぐに情報が入りました」
……タバサ、ドット。ケンブリッジ伯爵家はあんなに薄給だったというのに、誠実に仕える最高の使用人でしたのね、あなたたちって。嬉しいですわ。というか、アリステラさまの侍女、大丈夫かしら? 心配になりますわね?
「それで?」
「男爵令嬢が読んでいた本は『ヒョロドロスの『歴史』に関する多面的な考察の意義と成果』という本でした。平民の侍女から正確に聞き出すことが難しい書名だったと愚痴っていましたよ」
「ああ、あれ。私がアリステラさまにお薦めしたのよ。著者のセドリバック氏は多重人格者ではないかしらと思うほど、多面的な考察が素晴らしいの」
「……その情報は、その時に頂きたかったです」
「つまり、書名を知って、アリステラさまが『王立図書館の司書が驚くほど、難読書をすらすらと読む、とても優秀な令嬢』だと判断して、さらには調べる時間が足りない状況だから、残った私の方が『図書館で静かに本を読む、とても大人しくて、侍女や侍従と接する様子から、優しいとわかる令嬢』だと判断したということね?」
「はい……まさか、どちらの令嬢も、難読書を読んでいるとは思わないでしょう、普通?」
「調査時間の不足だけでなく、調査に当たった者と、調査結果を確認したあなたの、女性蔑視も原因よね……」
「……申し訳ございません」
……なるほど。それで、あの時の、初対面の時の旦那様のような対応になった訳ですわね。話に聞いていた令嬢とは全く違うぞ、という感じが言葉の端々から溢れ出ていましたものね。
「つまり、あなたの話から考えると、ウェリントンのお義母さまは、私のことを、かなり気に入ってくださっていると、そう思ってもいいのかしら?」
「間違いありません、奥様。その点に関しては自信を持ってください」
「そのせいで、私をいろいろと試して、次期侯爵夫人として成長させようとしているのね?」
「はい、そうです」
「なら、答え合わせがしたいわ、スチュワート」
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