第7話 家政婦との戦い(戦いません) (1)



「……ミセス・ボードレーリル? どうして欠席の予定が出席に?」

「先ほど、ご説明した通り、レスターさまのご親友でございますから」

「それは出席の理由になるの?」

「はい」


 ……意味は、わかります。社交というのは、要するに人付き合いなのですから、旦那様と親しくしている方とは妻である私もある程度は親しくするべきでしょう。


 でも、ね。

 よく考えてほしいですわ。


 相手はドクズの親友な訳ですよ?

 騎士見習いの頃からというのなら、ドクズの裏も表も、全部知ってるようなものでしょう?


 浮気上等のヤリチンドクズが真実の姿だとご存知の親友さんから見て、3日に一度しか家に帰ってきてもらえない新婚の新妻って、何に見えると思いますかね? わからないですかね?


 あー、これが形だけの奥さんかぁー、って感じですかね? もしかしたら、金で買われた嫁かぁー、ってのもあるかもしれませんわね。


 ふっ、とか鼻で笑われたり? 同情の視線とかならまだしも、蔑みの視線とか、見下す視線とか向けられたり、そういう感じのこと、ありえるでしょう?


 なんで、そんな、バカバカしい空間に自分から行かなきゃならないのかしらね?

 ありえないことですけれど?


 それに、下位貴族である子爵家としても、高位貴族の侯爵家がやってくることは、メリットと同時にデメリットも多いわ?

 まあ、招待状を送ってきたのだから、ライスマル子爵家はメリットが上回ると判断したのでしょうけれど、相手は、あの、高位貴族としての自覚がない、うちの旦那様よ?


 私が子爵家の者だったとしたら、そんな綱渡りみたいな招待状は出さないわね……。


 ……おそらく、ミセス・ボードレーリルは、私とドクズが白い結婚で契約しているとは知らないと思いますけれど。


 でも、実際、この屋敷にいたら、妻として、正しく蔑ろにされていることは理解できるはず。夜の生活がないのですからね。本当は蔑ろにされているのではなくて、そもそもの契約ですけれどね?


「勝手な真似をしないで、ミセス・ボードレーリル」

「勝手かもしれませんが、必要なことでございます」


「ミセス・ボードレーリル。高位貴族が、下位貴族の主催する夜会へ出席することは、相手にとって、よいこととは限らなくてよ?」

「招待状を頂いたのです。それはこちらが心配することではございません」


「いつから家政婦は女主人よりも上の立場になったのかしら?」

「立場の上下ではなく、道理、というものでございます」


 いや、正論かどうかで言えば、そっちが正しい部分もあるのでしょうね! そんなことはわかっておりますわ! 正論は嫌いではないですけれど……。


「……どうかしたのかい、リーナ?」


 私とミセス・ボードレーリルの間の冷たい空気の中に、着替えを済ませたドクズ……旦那様がやってきました。


「……いえ。とりあえず、食事にしましょう、旦那様」

「そうだね。食事を楽しもう、リーナ」


 今、そんなものを楽しめるとでも!? もう少し空気をお読みになって……?


 話は終わったと鍵束の音をさせて食堂を出て行くミセス・ボードレーリルの背中からは、どのような感情も読み取れません。私には。


 ……本当に嫌な感じがしますわ。何重にも。ですけれど、これは、もう、避けられませんわね。それなら、私は私の利を得ようと動くだけです。


 変な空気のままで、旦那様と二人での初の夕食。


 昨日もひとり、一昨日もひとりの夕食だったので、二人なら会話が……と言いたいところですけれど。


 直前の出来事で感じた苛立ちに、特に会話もなく食事が進んでいきました。まあ、苛立ちながらも、この後、どうするべきかは頭の中で整理しますけれど。


 サラダ、スープ、魚、肉、フルーツ……料理長さんには、全部少なめ、小さめでお願いしてありますわ。ドク……旦那様のお皿の上の魚とか肉とか、すっごく大きいのですよ。あんなの絶対に食べきれません、私は。


 デザートのフルーツ……今日は南部の方で取れたという早い時期の梨を、しゃりっと口に含んで。


 ちらり、と旦那様のアゴを見ます。


「……旦那様」

「……なんだい、リーナ?」

「食後、私の部屋でお話がございます」

「うん……」


 アゴしか見ておりませんけれど、たぶん嫌そうな顔してますね、コイツ……。






 私の部屋、というのは私の寝室の続きの、私室。私室の続きに寝室があると言うべきでしょうか。


 ちなみに私の寝室と夫婦共用の寝室の間の扉は固く閉ざされていて、私の私室から共用の寝室や旦那様の寝室及び私室へは入れません。


 もちろんその逆も無理。なぜなら、鍵をかけてドアノブを外した上に、本棚を置いて固定してあるからです。


 私室には文机と、ソファセットとローテーブル。肖像画が飾られる予定の壁。やれやれ。貴族ってやつは……。


 お話し合いには、まず、私と、タバサと、オルタニア夫人。

 そして、旦那様とスチュワート。

 旦那様の他の侍従さんたちには遠慮してもらって、家令のスチュワートのみで。


 私の方も、残り3人の侍女は、先に休むよう伝えましたわ。きっと、休まずに何か仕事しているのでしょうけれど。


 ドアの外、廊下には護衛の騎士が二人。

 夜は、私の寝室の外を守る。誰から? 旦那様からです。お義母さまが付けてくれました。白い結婚のために。


 タバサが、持ち込んだティーセットでお茶を準備してくれました。本来、侍女というよりは、メイドの仕事ですけれど、お茶については侍女がやることも多くて、タバサはよく練習してます。


 残念ながら、貧乏令嬢として育ったので、私も自分でお茶くらい準備はできます。貴族令嬢でも、お茶好きな人は結構自分でやるらしいですし。私の場合はもちろん、趣味ではありません。実用です。


「それで、話は何かな、リーナ?」


 夫婦だというのに、ソファの対面に座る私たち。まあ、そう望んだのは私ですけれど。横並びで座って触れられたら病気が怖いので……。


 ちなみにここのメンバーは、私たちの結婚における契約内容をはっきりと教えられているメンバーですわ。


「……ミセス・ボードレーリルが、欠席予定だったライスマル子爵家の夜会を、勝手に出席と返答しました。勝手に、です。ミセス・ボードレーリルが」


 大事なことなので、2回言いましたわ。勝手に、ですわ!


「……スラーのところの。出席するつもりはなかったのかい、リーナ?」


 だから、勝手に、と言ってるでしょうに。


「欠席の予定でした。結婚の、契約通りに……」


 じろり、と旦那様のアゴをにらみます。

 目を見つめられないのは残念ですけれど、そこは私が弱い。イケメンに。





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