第46話 マウントの取り方(2)



「…………アリー。セリフが棒読み過ぎよ」

「だって、奥様。演技なんてしたこと、ございませんのに」

「確かに棒読みでしたね」


「そんなこと言うならユフィがやればよろしかったのに」

「そこは、奥様のご指名でしたもの」

「あなたたちも、奥様も、おふざけはここまでに致しましょう」


 オルタニア夫人が私たちを止めます。そういう立場で、そういう役割ですものね。


「………………奥様は、どうしてこのようなことを思いつかれるのでしょう?」


 クリステルがまるで独り言のようにそうつぶやきました。


 ……自分が目立たない貧乏伯爵令嬢だったと自覚しているからかしらね? 相手が私の顔をきちんと把握している可能性は低いと思えましたもの。


「つい最近、似たようなことをスチュワートに言われたわ」

「……アレと一緒にされるのは嬉しくありませんけれど、アレにとってでさえ、奥様は何というか……想定外なのですね」


 実はスチュワートとクリステルは幼馴染らしいです。でも、恋とか一切ないそうです。そもそも子どもの頃から、クリステルの方が強くて、スチュワートは泣かされ続けていたそうなので。でも、お勉強はスチュワートの一人勝ちだったらしいですわ。


「クリステル。奥様のことはどれだけ考えても答えは出ません。それに、護衛にはあまり関係はないでしょう? 気にしないようになさい」


 ……オルタニア夫人、その、私のことは考えるだけ無駄、みたいなその意見はどうなのかしら?


「さすがはお嬢さまです」

「奥様、です。タバサ、もう、本当にいい加減になさいませ」


 そこで、あははとみんなが笑って、この日の事件は終わりました。






 この日もまた旦那様はお帰りになりました。……きちんと家に帰ってくるとは、これも成長ですわね。小さな子どもレベルですけれど。

 今夕は宝石プレゼントがありませんでした。ようやく、意味不明な行動がなくなったので、私もひと安心です。


 しかし、夕食では、いろいろと話しかけてきて、正直な気持ちを言えば、かなりうざかったですわ。私との関係をなんとかしようと努力してらっしゃるのでしょうけれど、とりあえずこの前から申し上げている2000ドラクマの支払から始めてほしいですわね。


 食後は私室でゆっくりと寛ぎます。タバサのマッサージがとても気持ちがいいのです。夜の私室は、外に護衛騎士が二人、付きますので、室内にクリステルはいません。クリステルはこの時しか休めないのでしょう。

 アリーとユフィは交代でどちらか、タバサが夜は必ずいてくれます。もっともプライベートな時間ですから、一番慣れたタバサが一緒にいてくれるのです。


 今日はアリーの日です。昼に執務室で私の身代わりをさせてしまったので、ちょっとだけ今もプリプリしています。ほんのちょっとですけれど。

 夜のお世話をする侍女は、この私室の中にある扉で繋がっている侍女用の控えで休みます。基本、タバサはここで休むことになります。もちろん、タバサの私室はその控えとは別にあります。お金持ちのお屋敷はすごいですわ……。


 こんこんこんと扉がノックされて、アリーが確認に向かいます。


 扉が開いて、オルタニア夫人が入室してきました。


「奥様。お手紙でございます」

「そう。ありがとう、オルタニア夫人」


 オルタニア夫人から手渡されたのは、王家の紋章が入った封筒に、王妃さまの印章で封緘された手紙でした。


「これが、奥様の切り札でございますか?」

「オルタニア夫人は、私と王妃さまの関係を知っているのかしら?」


「……奥様のお父上、ケンブリッジ伯爵が王妃さまの従兄にあたるというのは存じております。王妃さまから見て、奥様は従兄の娘、でございますね」


 アリーが目を見開いて驚いていますわね。男爵令嬢ではこのような血縁関係については知らなくても不思議ではないけれど。私も特にそういう話をこれまで話してきませんでしたし。


「そうね。近いとも言えるし、遠いとも言える、その程度の血の繋がりね」


「……このように私信が届くぐらいには、親しい関係にあるのですね」

「女には誰にでも秘密があるものよ、オルタニア夫人」


「……大奥様はおそらく表情を変えないとは思いますけれど、内心ではきっと驚かれることでしょう」


「オルタニア夫人も驚いたのかしら?」

「ええ、驚きました。これが届くとおわかりでしたから、あの話でしたか」

「どうかしらね……」


「……次期侯爵夫人である奥様と王妃さまが親しい関係にあるというのは、確かに、ウェリントン侯爵家にとっては、悪い話ではございません。もう、奥様のお好きなようになさいませ」


「あら、見捨てないでくださいませ、オルタニア夫人。私の教育係でしょう?」

「……奥様は私どもの手には負えません」


 そう言い残して、オルタニア夫人は私の私室を後にしました。


 私と王妃さまの本当の関係は、大夜会でお義母さまに、最高の形でお知らせするつもりですわ。それを同時に、お義母さまを通じて、間抜けなマンチェストル侯爵家にも突き刺すのです。


 ……大夜会が楽しみに思えるなんて、初めてじゃないかしら?


 セレブのみなさんって、こんな気持ちだったのですね。お金がたくさんあるってすごいですわ。


「さすがはお嬢さまです」

「奥様、です。タバサ。また叱られますよ?」


 さっきまで少しだけプリプリしていたことを忘れたかのようにアリーがとても穏やかにタバサを注意しました。


 今夜も、私の周りは平和なようです。





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