第31話 旦那様、崩壊(2)



 旦那様は呆然として、間抜けな顔になりましたわ。これも、見ても大丈夫な顔ですわね。そこは助かりましたわ。間の抜けた顔でもイケメンですけれど、イケメン効果は半減ですわね。


 でも、それよりも、その後ろの、旦那様の侍従たちや、いざという時に旦那様を押さえつけるためにここにいる護衛騎士まで、大きく目を見開いてしまったではありませんか。前世の言葉で、ドン引き、と呼ばれる状態ですわ。そんなに驚かなくてもよろしいのに……。


「旦那様が、ヨハネスバルク伯爵令息と何を話して、私が嫉妬していると思われたのかは存じませんけれど、私が旦那様との関係で、どなたかに嫉妬することなど、万にひとつもありえません。そもそも、私と旦那様は、旦那様の不貞行為を原因とするリーゼンバーグス公爵令嬢との婚約破棄という醜聞を急いで塗り潰すために行われた完全な政略結婚でございます。お忘れですか?」


「あ、いや……だが、リストは、スラーのところの夜会で、私と君がダンスを踊らなかったことが原因で、スラーの家は圧力を受けていると……」


「それは事実ですわね」


「は? なら、他の女と踊ったことに、嫉妬してるんじゃないか!」


「いいえ、違います、旦那様。嫉妬などという、低俗な話ではございませんわ。これは、ウェリントン侯爵家の誇りをかけた戦いなのです」


「え……?」


「ウェリントンの次期侯爵夫人が、夜会で恥をかかされたのですよ? あれは新婚なのに次期侯爵から最初のダンスも踊ってもらえない女だ、と。そのような夜会を開いておいて、ライスマル子爵家に何の責任もないとでも?」


「いや、しかし、君とダンスを踊らなかったのは、私が……」


「ええ、旦那様が、次期侯爵として、思うままになさったことですわよ? つまり、次期侯爵として、まともに夜会も開けない子爵家を潰すおつもりだったのでしょう?」


「そんなつもりがある訳ないだろう!?」


「あら、私は、旦那様がご親友の家を潰す気なのだと理解していましたわよ? そのために私を利用なさったのでしょう?」


「は……?」


 この、高位貴族の自覚がない男を野放しにするのは絶対にダメですわね。権力というのは、理不尽なものなのですから。では、エカテリーナ、行きます。


「ライスマルの大奥様も、そのことにすぐに気付いていましたし、あの場ですぐに、責めは自分が受けるからと私のところへ伝えにいらしたわ? その言葉通り、ライスマルの大奥様は、夜会を終えてすぐ毒杯を飲み、翌朝にはベッドで眠るように亡くなっていたと聞きましたけれど?」


「えっ……」


「旦那様がどのようなつもりだったかなど、関係ないのです。旦那様がどのようなつもりだったにせよ、ライスマル子爵家は、侯爵家を招いた夜会で失態を犯し、次期侯爵夫人に恥をかかせ、ウェリントン侯爵家の敵となりました。敵に甘い顔を見せては、こちらが討たれますわ、旦那様」


「ライスマルの大奥様……スラーのお祖母さまが、毒杯、を……」


「何を呆けてらっしゃるのですか? ご自分が選んだ道でしょう?」


「私は! そんなことを……」


「だから、旦那様の、誰にも見えないお考えなど、関係ないのです。旦那様がなさった、目に見える行動が全てですわ。侯爵家が子爵家に侮られる訳にはいきません。ライスマル子爵家は徹底的に、追い詰めますわ」


「や、やめろ! やめてくれ! レティ! レティ! リーナを、リーナを止めてくれ! レティ……レティはどこだ? レティ?」


 ……本当に大きな子どもですこと。いつまで乳母に頼るつもりなのかしら? まあ、もう頼れませんけれど。


「ボードレーリル子爵夫人なら、ライスマル子爵家の夜会でのことについての責任を取って、屋敷を出て行きましたわ、旦那様」


「は……? 出て行った? レティが? 君、レティを辞めさせたのか?」


「話を聞いてらっしゃいますか? ボードレーリル子爵夫人は、次期侯爵夫人に恥をかかせた責任を取って、自ら出て行きました。覚えてらっしゃいますか? あの夜会は、私が欠席の予定にしていたものを彼女が勝手に、出席に変えて返答した夜会ですわ? ボードレーリル子爵夫人も、旦那様のなさったことは、次期侯爵夫人に恥をかかせ、その夜会を主催した子爵家を潰すことだと、理解していましたわ。そして、潔く、謝罪の言葉と共に、ここから出て行きましたわよ?」


「レティが……」


「いい加減になさって、旦那様。このまま、ご自分の行動をきちんと理解して振り返らなければ、次のモザンビーク子爵家も潰すことになりますわ」


「そんな……」


「今日も、挨拶の時に、フランシーヌさま……ヨハネスバルク伯爵令嬢をダンスに誘って、伯爵家を潰そうと狙ってらしたではありませんか?」


「なぜ、ダンスに誘っただけでそうなる!?」


「スチュワートから、今日はダンスを踊るな、と言われましたわね? 覚えてますでしょう? 旦那様が今日、誰かとダンスを踊ると、ヨハネスバルク伯爵家との戦いが追加されるところでしたのよ? よくもまあ、スチュワートの言葉を聞き流せますわね?」


「どうしてダンスを踊っただけで伯爵家との戦いになるんだ!」


「前回と同じですわ。次期侯爵夫人に恥をかかせるからですわ」


「だから、君と先に踊れば、フランシーヌ嬢と踊ったからといって、君に恥をかかせることにはならないだろう!」


「私、申し上げましたわよね? ダンスの順番は守りたい、と。今は、旦那様と私のダンスの順番ではございません、と。はっきり申し上げましたけれど、聞いてらっしゃらなかったのですか?」


「聞いたとも! だが、私は今日、最初のダンスを君と……」


「何を言っているのですか、旦那様。今日、私が旦那様とダンスを踊ったら、クセルクス子爵令嬢の後に私は旦那様と踊ることになるではありませんか」


「は? 誰だ、それは?」


 ……生まれついてのドクズなのでしょうか?





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