フォレスター子爵夫人の成り上がり ~高位貴族というのはとても面倒なので本当は関わりたくありませんけれど、お金がもらえるのなら仕方がありません。精一杯努力することに致しますわ~
第37話 良薬は口に苦しというけれど(1)
第37話 良薬は口に苦しというけれど(1)
「大変申し訳ございませんでした。あれは手違いですので、どうか、ウェリントン侯爵領の通行を認めて頂きたく……」
面会予約の時間にやってきたマクベ商会の会頭であるルギャンが、執務室のソファに座ってお茶を飲んでいる私に向かって大きく頭を下げました。もちろん、ルギャンは立たせたまま、私は優雅にお茶ですわ。
「手違いとは、どういうことかしら?」
「野菜を卸している小さな八百屋まで目を配ってはおらず……」
「そう。だから?」
「ですから、我々マクベ商会は、ウェリントン侯爵家に逆らうつもりはないのです」
この前のククリ商会のラースと、どうしても比べてしまいますわ……。
「それで、どうして私が、マクベ商会へ通達した侯爵領の通行禁止を取り消さなければならないのです? ウェリントン侯爵家に逆らわないのは当然のことではなくて? それとも、マクベ商会にとってはそうではないのかしら?」
「も、もちろん、当然のことでございます」
「ねえ、ルギャン」
「は、はい」
「手違いだろうと、目配りしてなかったのだろうと、結果は同じだわ。それに今、ウェリントン侯爵家に逆らわないのは当然のことと言ったわね?」
「はい、もちろんです」
「なら、侯爵領の通行禁止の通達にも逆らわないのは当然だわ」
「そんな……」
「あら、ルギャンは、ウェリントン侯爵家に逆らうというのね?」
「い、いいえ、で、ですが、このままでは、我々は……」
「落ち着きなさい、ルギャン。今から私の言うことをよく聞きなさいな」
私はここで初めてルギャンへと目線を向けます。さて、と、エカテリーナ、行きます。
「……あなたたちマクベ商会は、ウェリントン侯爵領の通行禁止を命じられて、この先、東海岸からこの王都までの陸路を利用しなければならないわね」
「……はい」
「西海岸からの陸路と比べると、王都までは倍近い距離ですもの。その分、商品のお値段も高くなるわよね」
「……そうです」
「なら、ライスマル子爵家には、その分、しっかり高く売りつければいいわ」
「は……?」
「よく考えなさい? 今、ライスマル子爵家と取引する者はマクベ商会以外にはいないのよ。ライスマル子爵家はあなたたちから買うしかないの。ウェリントン侯爵家が圧力をかけているのですもの。だから、商品も、恩も、マクベ商会がライスマル子爵家に高く高く、しっかりと高く売りつけなさいな」
「恩、も、高く……」
「そうよ。私はウェリントン侯爵家を敵に回してでもライスマル子爵家をお助けします、とでも言いなさい。けれども、どうしても値段は高くせざるを得ないのです、と。そういう感じかしら? わかりましたか、ルギャン?」
「……はい」
「ライスマル子爵家にはウェリントン侯爵家と正面から戦う力はありません。そのうち寄親のマンチェストル侯爵家が動きます。そこで手打ちになるでしょうから、あなたたちがしっかりとライスマル子爵家から稼げる時間はそう長くはないわ」
「あ……」
「……しっかり稼ぎなさい。いいわね?」
……こう言えば、高い値段で取引してさらにライスマル子爵家を追い詰めなさい、という意味に受け取るに違いありませんわ。もう、目が、お金の計算をしていますものね。そうすれば、通行禁止も解除してもらえると思っているでしょうし。
もちろん、私は通行禁止の解除など、一言も口にしておりません。あくまでも寄親が動いて手打ちになると言っただけですわ。
「スチュワート。お客様はお帰りよ」
「はい、奥様。さあ、こちらへ」
スチュワートが手で指し示して、ルギャンを執務室から外へ案内して、扉を閉じます。
「……そういう訳だから、タイラントおにいさまはマクベ商会から借金をしている貴族をできるだけたくさん洗い出して頂戴」
「……何がそういう訳なのか、わからないけど、その後は?」
ソファの後ろに立っていたタイラントおにいさまから声が聞こえます。
「ナナラブ商会の本業を動かすわ」
「本業……金貸しか。ようやく動けるのか。……通行禁止を喰らって負担の増えたマクベ商会が資金繰りに苦しくなる中で、貴族たちに借り換えさせて、資金提供をするのか?」
「その方がマクベ商会も借り換えに応じやすいでしょう? 結果として資金提供をすることになるだけだわ。ただし、借り換えを提案するのは利払いがきちんとできているところだけよ」
「……なるほど。マクベ商会から上客を奪うんだな。本当に、見た目と違って悪辣な……従兄として心配になるよ……」
タイラントおにいさまが呆れたように肩をすくめていますわね。似合わない仕草ですこと。
「利子はマクベ商会の7割に抑えて、返済が楽になることをしっかり説明してね、タイラントおにいさま。マクベ商会以外からも借金があれば整理して一本化すること。あ、その中に寄親からの借金があれば、それは残して別にしておいて。ウェリントン侯爵家の寄子にするつもりはないわ。だから寄親からの借金がない家が望ましいわね」
「おれの心配は聞き流してそのまま無視かよ……寄親からの借金がないところとなると、おそらく数は限られるな」
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