第38話 良薬は口に苦しというけれど(2)



「それと、3年間の元本返済の禁止と今以上の新たな借金はナナラブ商会との間で行うことも、契約条件に加えて。違約金は全額即時返済と利子5年分を支払うこと、ぐらいかしら。そのあたりはもう少し考えたいわね」


「元本返済の禁止?」

「その間は確実に利子を受け取って利益にするのよ」

「あ、なるほどな。しかし、元の利子の7割ってのは、安くないか?」


「まだ高いわ。5割でもいいくらいよ。それに、今の利子で利払いができているのなら、その7割だと確実に払えるでしょう? それと、減らした利子の3割で、3年後からの元本返済計画を示すといいわね。いずれ、今の高利貸しは抑えていかないと、金貸しにばかりお金が集まって、世の中が発展しないし、儲けられないのよね……」


「元本返済計画って、おまえ、何考えてんだ……」


 ……今の利子をきっちりと払える家なら、借り換えで利率を下げても支払い金額は元のままにすることで、その差額を貯金して頂いて元本の返済に充てていく仕組みにすればよろしいのですわ。


 そうすれば利子率は下がるのだから、これまで通りにするだけで、数年で借金を返せますもの。

 ただ、それだけだとこちらの利も薄くなりますから、元本返済禁止期間を設定しておくのです。


 借金経営で転落する貴族が多いと、そのことが原因で、また戦乱とかにでもなったら困りますわ……我が国は今、せっかくの安定期ですもの……。


 それに、あくまでも商会としてのお金の繋がりであるのなら、それが相手に対してどれだけ影響力があったとしても、その寄親から何を言われたとしても言い逃れができますわ。寄子を奪った訳ではない、ということですわね。実質的には……違いますけれども。


「詳しい説明はモザンビーク子爵家の夜会の前にするわね。実例付きで。まずは洗い出しを急いで。ところで、明日の準備は大丈夫なの?」

「ああ、もちろんだ。ウェリントン侯爵家が調べたあの資料があれば何の問題もないって。詳細過ぎるだろう。どうやって調べたんだか……」


「頼んだ手紙は?」

「きっちり手配した。じいさんの手は借りたが……」

「……お祖父さまなら、まあいいわ」


 ……お義母さまのお陰で、マクベ商会を通行禁止にできて助かりますわね。上客を全部掠め取らないようにしないと……やりすぎは良くないですわ。


 通行禁止の解除は、マクベ商会が完全に東海岸ルートへと移行する直前くらいがいいでしょうね。そこまでに4つくらいは上客をナナラブ商会に頂くとしましょう。

 しばらくはライスマル子爵家を助けるフリをして追い詰めてくれるのでしょうし、潰さない程度には手加減しましょうか。


 タイラントおにいさまが出て行くと、入れ替わるようにスチュワートが戻ってきました。


「……悪だくみですか、奥様?」


 出て行ったタイラントおにいさまの背中を見送りながら、スチュワートが言いました。


「いい考えが浮かんだら、すぐに行動した方が利は大きいものよ、スチュワート。悪だくみではなく、いい考えが浮かんだの。そこを間違えないでほしいわ」


「……なるほど、勉強になります」

「あなた、嫌味も似合うわね。腹の立つこと。それで、マンチェストル侯爵家の動きは掴めたのかしら?」


「報告書は明日の朝に。ただ……」

「忙しいわね、もう。うん? ただ? 何?」


「あちらは、ウェリントン侯爵家とは同格だとしても、どうやらフォレスター子爵家は格下と見て動くようですね。それが自家の跡継ぎを軽んじることだとも思わずに」


「あら? こちらを甘く見て頂けるのね? それなら楽になるわ。感謝しないと」


 ……そういう家だから、ウェリントン侯爵家と並び立つような財力は得られなかったのでしょうね。お義母さまのように次期侯爵夫人に厳し過ぎるのも考えものですけれど。ああ、お義母さまにも、少しだけ通じる部分はございますわね。私をまだまだ小娘だと侮ってらっしゃいますものね。


「奥様の噂だけを信じてしまったのでしょうね……同情してしまいそうです……」

「あら? どちらの噂のこと? 優秀な令嬢? それとも大人しい令嬢?」

「もちろん、真実ではない方の噂でございます、奥様」


 ……こういう冗談じみたやりとりでも、言質を取らせないところとか、私は気に入っていますわよ、スチュワート。


「エルマを呼んで頂戴、スチュワート。洗濯室の話が聞きたいの」


 さあ、そろそろ他の事業にも手を付けなければなりませんわ!






 いよいよ明日はモザンビーク子爵家の夜会ですわ。旦那様にお薬は効いたのかしらね?


「奥様、旦那様がお戻りです」

「えっ?」


「……タバサ。奥様が驚かれるのならまだしも、あなたが驚いてどうするのです。侍女ならば感情をしっかりと抑えなさい。奥様は驚かれておりませんよ」

「申し訳ありません……」


「……出迎えに行きます」


 そう答えて、私は私室を出ます。もちろん、タバサが驚いてオルタニア夫人に叱られていたように、私も驚きましたわ。それを言葉や顔に出すかどうかは別問題です。

 個人的にはそんなタバサは大好きですけれど。アリーとユフィは大丈夫でしたから、これはケンブリッジ伯爵家の侍女教育の敗北とも言えますわね……さすがはウェリントン侯爵家ですわ……。


 今朝、お見送りをしましたので、2日間は帰らない……いえ、夜会のある明日までは帰らないと考えておりましたからね。驚くのも当然ですわね。

 ……よく考えてみれば、お見送りをした日にお帰りになられたのは、初めてですわね。

 それはそれで、いかにろくでもない男なのか、ということでもありますけれど。


 ……うん。刺した釘が、刺さり過ぎたのかしら? いえ、この場合、お薬が効き過ぎた、と言うべきかしらね。まさか、夜会の時だけでなく、日常生活まで変えてくるとは思いませんでしたわ。


「旦那様、お帰りなさいませ。お疲れでしょう」

「あ、ああ、今、帰った」

「着替えを済まされたら、夕食を……」

「リ、リーナ!」


 突然、大きめの声で名前を呼ばれて言葉を遮られましたわ。なんだか驚くことが続きますわね。





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