第21話 没落した理由(1)



 王都のお屋敷へと戻りました。

 お肌はすべすべのもちもちでつやつやですの。温泉最高ですわ……。


 ……執務室は書類の山でしたけれど。スチュワートったら、断りなく山荘に引き籠っていたことへの意趣返しかしらね?


「ミセス・ボードレーリル。これは、女性使用人のみんなで使って頂戴。特に、ランドリーメイドとキッチンメイドには確実に使わせてあげて。夜、寝る前に手に塗り込むの」


「……そのように致します、若奥様」

「あなたも使ってね?」


「……はい、若奥様」


 お土産は、手荒れ対策のハンドクリーム。残念ながら非売品の試作品ですわ。温泉水と井戸水と山羊の乳とはちみつを混ぜた物です。構成比率は秘密。みなさんの手荒れに効き目があるといいのですけれど。アレルギーとか、怖いですわね。


「使ってみて痛みやかゆみが出る者には、すぐ止めさせるようにしてね」

「ええ、そうします」


 ミセス・ボードレーリルとの関係も小康状態ですわね。


 弟からの手紙もありましたので、2日後と、急ではありますけれど、面会を設定しました。姉離れできないのかしらね?


 溜まっていた執務の処理を進め、新しいドレスの仕上げに付き合い、社交シーズンまでは過ごします。


 決裁書類の中に、ザラクロ商会からの材料にした古着に対する支払いと、ザラクロ商会へ新しいドレスの支払い、ナナラブ商会への出資などがありましたわ。

 商会、できましたのね。うふふ……。


 タイラントおにいさまには建築家の手配と資材の準備をお願いしています。

 私がいない間は、ザラクロ商会の会計以外は特に仕事がなくて、このお屋敷の客間で居候しているのが辛かったそうですわ。

 建築家は、サンハイムの山荘のある土地に新たな建物を用意するのです。

 温泉は、温泉らしく。いえ、温泉以上に温泉らしく。


 タイラントおにいさまには王都とサンハイムの山荘を何度か行き来してもらうことになるでしょうね……。暇で辛かったというのですから、しっかり働いてもらいましょう。

 あとは、アリステラさまに会いに、図書館へ。確か、アリステラさまが王都のタウンハウスを売るかもしれないという男爵をご存知のはず。この男爵を捕まえなければなりません。もちろん、実際に捕まえて交渉するのはタイラントおにいさまです。






「……姉上、その、とても、美しくなられたような?」

「あら、社交辞令が言えるようになったのね、ライオネル」


「いえ、本当に、そう思ったのです」

「まあ。デビューが近いと、立派になるものね。それで、何の用かしら?」


 弟がお屋敷までやってきました。

 応接室ではなく、執務室のソファで対応しています。客扱いなどしませんわ。弟ですもの。


「……姉上、相談したいことが、あるのです」


「お母さまの入れ知恵かしら? お父さまが訪ねてきたとしても私は伯爵家の支援をしないだろうから、まだ可能性のある弟で話を通したいのよね? でも、結婚の契約で、もう伯爵家への援助はしないことになっているわ。あきらめなさい、ライオネル」


「その通りです。その通りですけれど、少しくらい、話を聞いてください、姉上」

「援助はダメよ。契約を守らなければ、私、この侯爵家で生き抜けなくなるわ。ライオネル、あなた、姉を殺したいのかしら?」


「……そんな、つもりは」

「あなたが思っている以上に、高位貴族、特にウェリントン侯爵家のような、本当に力のある高位貴族は厳しいの。かわいい弟を助けたいとは思うけれど、無理なのよ」


 ……少しは、思っているわ。助けてあげたい、かも、くらいにはね。


「……実は、私に婚約の話がいくつも舞い込んできていて」

「あら、私にはありませんでしたのに。自慢かしら?」


「そうではありません、姉上。さすがに私でもわかります。これは、姉上がウェリントン侯爵家に嫁いだから、起きたことです。姉上が嫁ぐ前は、婚約の話などどこからもなかったのですよ?」

「ふうん。それで?」


「父上は、早く婚約を決めようとして、今は、母上が止めてます。私は、姉上の意見が聞きたくて」

「お母さまが正しいわね。まあ、そもそもお父さまが正しいことはあまりないのだけれど」


「……姉上は、どのようにお考えですか?」

「どこから話があるのかしら?」


「リルズベード伯爵家のラズリルサ嬢、マーチャント伯爵家のサラナディア嬢、あとは子爵家からいくつか」


 ……まあ、わかりきったことではありますけれど、ウェリントン侯爵家との繋がりでの支援が目的ですわね。でも、伯爵家から縁談がくるとは。


「後で、くわしく、縁談を持ち込んできた家を全部、教えなさい。それで、誰か、結婚したい相手はいるのかしら?」

「いつか、誰かとは結婚しなければ、とは思いますが、今、申し込まれている話の中では、特にありません」


「なら、とりあえず断るつもりで言質を取られないように気を付けながら、お茶会にでも行きなさい。そうね、そちらへ訪ねる、婚約に付いて考えるためにも、一度、話をしてみたい、とか、そういう感じかしらね。それで、相手の印象とその家の、お屋敷やお庭、使用人の様子をしっかり確認しなさい。間違っても、ご令嬢だけを見て、そこにのめり込んではダメよ」


「……お見合いをしろ、と?」

「はっきり言って、どこもケンブリッジ伯爵家と同じように、いろいろと苦しいのだと思うわ。だから、それをじっくりと見ることで、いつか、そうではないものがすぐに見抜けるように、あなた自身の見る目を磨く機会にしなさい」


「例えば、姉上のように、こう、自然な感じで以前よりも美しくなっているところ、とかですか?」


「……ライオネル、あなた、大丈夫?」

「自覚が、ないのですか、姉上?」


 ……お胸が大きくなったことは、自覚していますわ。

 あとは、ドレスとか、装飾品かしら。どう考えても、以前とは比べ物にならないもの。

 ああ、温泉で肌は綺麗になっていますわね……。


「……まあ、いいわ。ライオネル、どうしてケンブリッジ伯爵家が、没落寸前まで、借金を抱えてしまったのか、わかる?」

「それは、お祖母さまが……」


「そう言われて、私たちは育ってきたし、そこも間違いではないけれど」

「違うのですか?」

「本質は、分割相続よ。もっと歴史を学びなさい」


「分割相続……」

「三侯四伯とか、建国の七名家とか、そうやって言われているけれど、今でも残っているのはリライア侯爵家と、ケンブリッジ伯爵家の二家だけ。他の五家はみな、消えたわ」





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