第25話 最強は?

 ……ひ、ひどい目に遭った。


 なんで、俺がこんな目に……あのクソ親父めぇぇ。


 俺は体力の限界で、噴水広場のど真ん中で大の字になる。


「ゼェ、ゼェ……クソ親父が」


「ほほう? まだ意識があるのか? ……アレクよ、何かあったかのう?」


「な、何が……?」


「いや、お主の剣の腕と体の使い方が劇的に変わった。儂がいない間に、どんだ特訓をしたのだ?」


「そ、そんなの……してねえよ。俺はいつも通りに、ダラダラしてただけだし」


 だが、心当たりはある。

 前世の俺は、長年剣道をやっていた。

 おそらく、その記憶が蘇ったことで体の使い方が変わったのだろう。

 剣道の型である五行は、先達の方々のおかげで完成されている。

 それを効率的に学んだ俺は、この世界において剣の腕が上がったかもしれない。


「ふむふむ……これは儂の目が曇っていたかのう。まさか、息子の力を量りちがえるとは」


「な、何を言ってるんだ?」


「いや、答えなくとも良い。やれやれ、儂も耄碌したものだ……すまんな、アレクよ」


「だから意味がわからないって……」


「とにかく、今日はこれで勘弁してやる。さあ、可愛い娘が待つ家に帰るぞ」


 そう言い、軽快なな動きで俺を置いて歩き出す。

 いやいや、どんなバケモンだよ。

 国境から帰ってきて、俺と追いかけっこして……まだまだ元気だ。

 還暦を迎えたとはいえ、これが英雄シグルドか。

 確か、竜人族と獣人族の最強戦士に勝ったとか……そのおかげで戦争を回避できたらしい。


「あの〜ここにも一歩も動けない可愛い息子がいるんですが?」


「知らん。男は自分でなんとかしろ」


「ぐぬぬっ……」


「では、儂は家に帰る。まったく、お前のせいでマリアに会うのが遅くなったわい……マリアよ! お父さんは帰るぞ!」


 そう言い、今度こそ俺を置いて歩いていく。

 すると、周りの人々が何事もなかったかのように元に戻る。

 そんな中、カエラがひょっこり現れる。


「あらー、随分とやられましたね?」


「は、薄情者めぇ……」


「いやいや、アレに立ち入るのは無理ですって。というか、私が助けに入ったら火に油を注ぐようなものですし」


「まあ、そうだけど。おなごに手を借りるとは何事だとか言いそう」


「ふふ、絶対そうですよ。さあ、私達も帰りましょ? 今なら手を貸しますから」


「……へいへい」


 カエラに引っ張られ、身体を起き上がらせる。

 全身がだるく、絶対に明日は酷いことになりそう。


「いやぁー、相変わらずでしたね」


「全くだ、アレで還暦を過ぎてるっていうのが恐ろしい。一体、いつまで元気なんだか」


「ふふ、良いじゃないですか。旦那様がいると、お嬢様も喜びますから」


「それもあるが……お前もだろ?」


「まあ、そうですねー」


 さっきから分かりやすく上機嫌だ。

 当然の話で、実際にカエラの命を救ったのは親父だ。

 その親父の息子だから、俺に仕えてるに過ぎない。

 無論、家族だとは思ってくれてるだろうけど。


「お前は親父が好きだからなー」


「……もう、本当に馬鹿なんですね。それとこれとは話が違うのに」


「はい? 何がだ?」


「いえいえ、何でもないですよー。旦那様には、もっとしごいてもらわないといけませんね」


「なぜそうなった!?」


「ふふ、それは自分の心に聞いてくださいね」


「ぐぬぬ、訳がわからん……」


「いいから帰りましょー」


 その後、カエラに肩を貸しもらい帰宅すると……。

 そこには、でかい身体を縮こまらせ、ちょこんと正座をした親父がいた。

 その目の前には、マリアがいる。


「お父様! 帰ってきて早々何事ですの! お兄様は、昨日頑張ったからお疲れだったのに!」


「し、しかしなぁ……あやつが……」


「メルルさんとは、私が遊んでもらったんです! お兄様は、それに付き合ってくれただけですの」


「そ、そうだったのか……だが、あやつはそんなこと一言も言っとらん」


「いつも、話を聞かないからですわ! どうせ、問答無用で斬りかかったのでしょう?」


「うっ、確かに……す、すまんのう」


 はい、目の前にいるのが英雄シグルドさんです。

 世界大戦に発展しそうなところを、竜人と獣人の各代表と一騎打ちをして勝ち、戦いを収めた英雄ですねー。

 肉体で劣る人族が勝つのは異常で、歴代最強の人族と呼ばれてるいるとか。

 ただ、娘の前では……ただの弱々しい親父です。


「へへーん! そうだそうだっ!」


「何をぉぉ! お仕置きが足りないようじゃな!」


「い、妹よ! たすけてぇぇ!」


「貴様! 妹に助けを求めるとは何事かっ!」


 すると、俺と親父の間にカエラが割って入る。

 その顔は珍しい焦った感じだ。


「カエラ! やはり主人を助けてくれるんだね!」


「むむっ……カエラよ、そこを退くがよい。儂は、こやつに鉄拳制裁をくわえねばならん」


「い、いえ……お二人共、その辺にしといた方がいいかと。その……お嬢様が」


「「ん??」」


 その言葉に、俺と親父が同時にマリアを見ると、マリアは下を向いてプルプルしていた。

 そして、顔をあげると……怒りに染まっていた。


「お兄様! お父様! 二人共正座ですの!」


「「は、はいっ!!」」


 俺と親父は一斉に並んで正座の態勢に入る!


 ……最強は、どうやら妹らしい——これは世界共通かもね!

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