第4話 元婚約者のセレナ

 ウインナーにパン、それにサラダにスープか……うん、問題ない。


 記憶を取り戻した今でも、味に関して不満はない。


 人工香味料が入ってない分、逆に美味しく感じるくらいだ。


「お、お兄様がサラダを食べてますの!」


「お嬢様、そんなわけ……食べてます!」


「サラダくらい食べるよ! いちいち驚かなくて良い!」


 前の俺は好き嫌いも激しかった。

 料理はよく残すし、文句ばかり言っていたような気がする。


「やはり、アレがこたえたのですね……」


「お兄様……」


「別にそんなんじゃないから。ほら、ささっと食べて学校に行くよ」


 三人の顔が驚愕に染まるけど、あえて無視をする。

 いちいち反応していたらきりがない。

 今の俺に、少しずつ慣れてもらわないと。




 朝ご飯を済ませたら、隣の部屋にある厨房に入る。


 当然、皆の視線が俺に集まる。


 多分、不満を言われると思っているのだろう。


「いつも朝ごはんをありがとう。今後とも、よろしく頼みます」


 それだけ言い、ささっと厨房から出る。

 そのすぐ後に、物凄いざわめきが聞こえてきた。

 それを無視して、俺は自分の部屋に戻り、学校の制服に着替える。

 少し豪華ではあるが、概ね日本のブレザーに近い。


「……ったく、どれだけ自堕落というか……とりあえず、少しずつやっていくか」


 記憶を取り戻す前の俺は、ダラダラすることに慣れきっていた。

 公爵家嫡男にして、王位継承者だがあくまでも王太子のスペアだ。

 権力を持たせすぎてもいけないし、かといって蔑ろにもできないめんどくさい存在だ。


「結果、ほとんど一人ぼっちで過ごすことになって……甘やかされて生きてきた。いや、言い方は悪いが飼い殺しというやつかな」


 俺自身が王位を狙わないように、国王陛下達がそういう風にしたのだろう。

 別に、それを責めるつもりはない。


「前世の記憶を取り戻した今、ここからは好きにやらせてもらおう」


 幸いにして王太子が結婚し、奥さんは男の子を妊娠している。

 そうすれば、俺は晴れて自由の身になれるはず。


「御主人様、馬車の用意ができましたよ」


「わかった、すぐに行く」


 よし、ここからが第二の人生の始まりだ。

 少しずつ信頼を得て、後は静かに過ごしていこう。






 ……だと思っていたのに。


 馬車を降りて校内に入ったら、面倒な方に引き止められてしまった。


 振り返ると、制服に身を包んだ美少女がいた。


「アレク! 待ちなさい! こんな朝早くに来るなんて珍しいわね?」


「これはセレナ様、おはようございます」


 きちんと礼をして、敬意を払う。

 なにせ、相手はこの国の王女にして……俺の元婚約者でもある。


「な、なんで、そんなに畏まってるのよ! ……やっぱり、私がもう婚約者じゃないから?」


「いえ、そんなことはありませんよ。ただ、お互いに成人した身ですから」


 以前の俺は軽口を叩いていたが、それは婚約者であり成人してないから許されていたこと。

 向こうの親から婚約解消されてるわけだし、これ以上悪感情を抱かれるのは困る。

 無論、悪いのは俺である……遊び呆けてダラダラしてたから仕方ないね。

 というか、さっきから後ろの護衛がめちゃくちゃ睨んでるし……怖いよぉ〜!


「そ、そう? 別に、私のことを嫌いになったわけじゃない……?」


「ええ、もちろんです。今日も可愛らしくて素敵ですね」


 サイドテールにまとめている黄金の髪は、朝の日の光を浴びて輝いている。

 身長は160くらいで、そのスタイルはグラビアアイドル顔負けだ。

 ブレザーの上からでもわかるお椀型のおっぱいは、もはや凶器ですらある。


「……えっ!? そ、そんなこと言われたの初めてですわ……!」


「そうかもしれないですね。ですが、今なら本音が言えるので。それでは、失礼します」


 前の俺は彼女のことが好きではなかった。


 ひどい言葉を浴びせてくるし、よく叱ってくるし、態度も悪かった。


 ただ、もしかしたら……不器用な女の子なだけかも。


まあ、俺が嫌われてるのは間違いなさそうだけど。


 今となっては……できれば、良い方と縁があるように願うだけだ。



 ◇


 呆然としてしまい、アレクが歩いてくのを見送る。


「ど、どういうことかしら?」


 突然、お父様が婚約解消をするって言ってきて……。

 私が気がついた時には、もう話が済んでいた。

 あんな男に私はやれないと……そして、次の相手を探すと。

 私はアレクがいいのに……アレクだけが、私に遠慮なく話しかけてくれたから。

 私が文句を言うと言い返してきたり、軽口を叩いたり……楽しかったわ。


「なのに、さっきのはまるで他人行儀な感じで……少し寂しい」


 でも可愛いって言われて、不覚にも胸が熱くなってしまったわ。

 それに、なんだが急に大人びた感じがして……素敵に見えたり。


「ん? ……今なら本音が言えるって言ってたわね?」


 つまり、今までは言えなかったってこと?

 それは、なんで?

 もしかして……そういうこと?


「……急な変わり様、そして婚約解消……これは、少し調べる必要があるわね」


 私は婚約解消なんて嫌。


小さい頃から、アレクのお嫁さんになりたかったもん。


 そう思った私は、アレクの行動を監視することを決めた。



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