第52話 校外学習その四

……さて、どうしたもんか。


自慢じゃないが、泣いてる女の子を慰めるような度量はない。


まあ……できることをやるしかないか。


「メルル、テントに行こう」


「ふぇ? あ、あの……僕達も仕事しないと」


「いいから。とりあえず、まずは話をしよう」


メルルの手を取り、俺は自分達のテントに入る。

そして椅子に座らせ、お茶を用意する。


「ほら、まずは飲んで。俺も飲もうっと」


「あ、ありがとうございます……コクコク……ぷぁ、美味しいです」


「ああ、動いた後に飲むのは美味いな」


「「…………」」


外が騒がしい中、テント内は静まる。

こういうのは問い詰めても良くないので、じっと待つことにする。

すると……メルルが顔を上げた。


「……僕、国では臆病者とか役立たずって言われてたんです。いつもビクビクしてるし、勇敢な戦い方ができないから」


「……そっか」


「獣人族は、男女問わずに強くて勇敢な人が誉れ高いんです。もちろん、適性があるので全ての獣人がそういうわけじゃないんですけど……ただ、王族はその傾向が強いんです。そんな中、僕は王族失格って言われてきました」


「それはしんどいなぁ」


そして、その気持ちは俺にはわかる。

俺も威張らないし王族らしくないとか、黒髪に生まれたからにはそれらしくしろと言われてきた。

だが、そんなことは知ったこっちゃないと思っていた。

別に王族や黒髪に生まれたからといって、それが偉そうにして良い理由にはならない。


「はぃ……でも、そんな中……お姉ちゃんだけが僕のことを褒めてくれたんです。うちの家ではそうかもしれないけど、それは悪いことじゃないって」


「良いお姉さんだね」


「そうなんです。だから、お姉ちゃんが具合が悪くなった時、勇気を出して留学生に立候補したんです。皆が反対する中、お姉ちゃんは人族と交流をしないといけないって言ってたから。あの家にいても居場所がないっていうのもありますけど、僕でも何かできることがあるかなって」


「それなら、きちんとできてるよ。メルルは優しいし、獣人族は野蛮だっていう印象を変えたんだから。少なくとも、そういう人達もいるってことをね」


まだ色々とうるさいこという人もいるけど、そうじゃない人も増えてきた。

きっとそれは、メルルが優しい子だったからだ。

他の獣人族じゃ、もしかしたら上手くいってないかもしれない。


「……だったら嬉しいです。あと、臆病なことが皆さんの役に立てて良かった」


「いやいや、随分と助かってるよ。ほら、俺たちっていけいけどんどんタイプが多いじゃん? うちの妹のこともそうだし、セレナや俺にトールもね」


「ふふ、確かに皆さん賑やかですもんね。ただ、本当に優しいのはアレク君ですよ」


「 別に普通だよ。俺は思ったことしか言わないし、相手によっては変わるし。メルルが良い子だから、俺は優しくしたいと思ってるだけだし」


「……あ、ありがとうございます……えへへ」


そう言い、ようやく笑ってくれた。

やっぱり、暗い顔よりは笑った顔の方が良いよね。




その後、テントから出ると、他の生徒たちが戻って来ていた。


何も持っていない者、生き物を担いでいる者……その表情は明らかに違う。


「あ、あの、何も持っていない方々はご飯抜きなんでしょうか?」


「まあ、そうなるね。それも含めての訓練ではあるし」


「か、可哀想ですね」


「大丈夫だよ、最低限の支給はされるから。まだ生徒だから、そこら辺は配慮してるみたいだ」


「あっ、そうなんですね。でも、せっかくの校外学習なのに可哀想です」


「まあ……とりあえず、二人のところに行こっか」


メルルを連れて、調理場スペースで作業をしている二人と合流する。

そこにはクレイジーボアの前で血まみれになったセレナと、横であたふたしているトールがいた。


「こわっ!? 血まみれじゃねえか! 死体現場かっ!」


「し、仕方ないじゃない! 捌き方なんてわからないわよっ!」


「すまんアレク! 任せた俺がアホだった! そういえば、叔母上も壊滅的だった!」


「うぅー……料理なんてしたことないもん」


「いや、料理とかいう話の前だが?」


というか、全身血まみれで包丁を持ってると怖いんですけど?

他の生徒達も、遠巻きで見てるし。

すると、メルルがセレナの前に立つ。


「え、えっと、僕がやっても良いですか?」


「えっ? い、良いわよ」


「それじゃあ、失礼して……」


メルルが包丁を受け取って、するするとボアを解体していく。

その手際は見事で、見ていて飽きないくらいだ。


「おおっ、凄いな」


「メルルちゃん、やるねぇ〜」


「く、悔しいけど上手ね」


「えへへ、ありがとうございます。それじゃあ、僕が解体するので料理をお願いできますか?」


すると、セレナとトールが目をそらす。


「わ、私は、その……」


「いやぁー、俺も料理はなぁ」


かたや王女様、かたや侯爵子息、当然自分で作った経験などはない。

そういう俺も作ったことはないが……前世の俺は作っていた。


「仕方ない、俺がやるよ。二人は手伝ってくれ」


「えっ? アレクできるの?」


「まあな……多分だけど。というか、お前はとりあえず着替えてこい」


「わ、わかってるわよっ!」


セレナがテントに向かっていくのを尻目に、俺は腕まくりをする。


そして、さっさと料理を開始するのだった。






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