第32話 遠い日の思い出

……ん? これは、小さい頃の夢か。


何故なら、目の前には小さなセレナがいる。


そして遠くから、マリアを抱きながらそれを見守る死んだはずの母上が……。


「ちょっと!? どうして手を抜くのよ!」


「いや、だって……一応、女の子だし」


「むぅ〜! 手加減はいや!」


「ええっ!? どうしろっていうのさ!?」


「うぅー……」


この時は確か、剣の稽古をしてたっけ。

セレナは女の子らしい遊びは苦手で、男に混じって遊びたかったらしい。

当然、王女様なので相手は限られ……俺に白羽の矢が立ったという流れだったと思う。

それから、よく俺の家に遊びにきていた。


「参ったなぁ」


「も、もう一回!」


すると、母上に手招きをされる。

ひとまず中断して、俺は椅子に座っている母上のもとに行く。

母上は身体が弱く、こうして庭に出てゆっくりしていることが多かった。


「アレク、ちょっといらっしゃい」


「母上、どうしたのですか?」


「貴方、またセレナちゃんを泣かせたでしょ?」


「だって、あいつってば手加減するなって。流石に本気を出したら怪我させちゃうよ」


そうだ、思い出してきた。

この頃の俺はセレナとよく遊んで、結構泣かせていたっけ。

負けず嫌いなセレナは、俺に負けるが嫌だったらしい。

面倒になった俺は、手を抜いて……それで逆に怒られたり。


「ダメよ、女の子を泣かせちゃ」


「えぇ〜、でも僕は悪いことしてないよ? 母上だって、女の子には優しくって」


「そうね。それでも、女の子を泣かすような男の子にはなって欲しくないわ。つまり、その子に合った対応をしてねってこと」


「うーん……まあ、母上がそういうなら」


「ふふ、良い子ね」


この時は妹も赤ん坊で、父親が家にいなく俺自身も甘えたい盛りで……。

そして清楚可憐を絵に描いたような母上の微笑みが好きだった。

だから、これをされると何とも言えない気持ちにさせられた。


「でも、どうしたら良いかな? 僕としては、あんまり面倒なことは嫌なんだけど」


「ふふ、相変わらずね。だったら、本気で相手してあげなさい」


「でも、怒られるよ?」


「泣かせるよりは良いわ。セレナちゃんは、貴方と対等でいたいのよ。それを汲んであげるのも、良い男の条件よ?」


「えっ? でも、父上はアレだよ?」


この頃の俺ですからわかっていた。

父上が女性の気持ちを汲んであげられるような男ではないことを。


「そ、それは……コホン。それはそれ、これはこれです」


「ええ〜!?」


「ふふ、そこを相手に合わせないと。シグルド様は不器用なところが可愛いのですから。私は、そこを好きになったのです」


「つまり……僕は、セレナと本気で向き合えば良いってこと?」


「ええ、そう思うわ。それが、セレナちゃんが求めてるモノな気がする」


……そうだ、こんな話をした気がする。

でも、俺は母上が死んで……そのことを忘れていた。

どうしてだろう? ……おそらく、アレクが辛い記憶として封じ込めたのかもしれない。

それが転生した記憶を取り戻したことで、再び蘇ってきたのか。


「うん、わかった。それじゃあ、本気でやってくる」


「ええ、それが良いわ。アレク、良い男になってね」


「えっ?」


「きっと、貴方なら良い男になれるわ。だって、私の自慢の息子だもの」


「……僕が良い男になったら、母上が喜ぶ?」


「ええ、もちろんよ」


……そういや、こんな話をしたっけ。

それが、今じゃこんな体たらく……いつからだっけ?

……母上が死んでからな気がする。


「あと妹のマリアはもちろん、シグルド様のこともよろしくね」


「マリアは良いけど、父上は嫌です」


「そんなこと言わないの。シグルド様も、アレクを愛しているのよ」


「……はぁ、仕方ないなぁ。とりあえず、できる限りのことはやりますね」


「……ありがとう、アレク」


多分、この時には死期を悟っていたのだろう。


何故なら、この数ヶ月後に母上は死んでしまったから。


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