第30話 お話
そして、放課後になり……馬車に乗って、予定通りにテニス部のコートに向かう。
「それで、どういう風の吹きまわしよ?」
「うん? 何がだ? 国王陛下の件?」
「それは聞いたわ。そうじゃなくて、怠け者の貴方が自らテニスをしたいっていうから……その、気になるじゃない」
そう言い、なぜがもじもじする。
どうでもいいけど、その度に谷間ができるので勘弁してもらえないでしょうか?
俺の息子が意思とは関係なく、フィーバーでフューチャーしちゃうので。
これがわかる人は珍しいですね。
「いや、実はさぁ……親父が帰ってきたんだよね」
「えっ? シグルド様が? 確か、予定では明日だったはず……」
「なんか護衛も荷物持たずに、寝ずに走り続けて帰ってきたみたいだよ。そして、そのまま追っかけ回されたってわけ」
「あ、相変わらずね……流石は英雄シグルドその人だわ」
「いや、行動原理自体はひどいもんだよ? ただ、可愛い娘に会いたいからとか。いや、マリアは可愛いけど」
「ふふ、その辺りも含めて相変わらずってわけね」
すると、セレナの隣でメルルがおどおどしているのが目に入る。
おそらく、話に入るタイミングを見計らっているのだろう。
こっちも相変わらず引っ込み思案な性格だなぁ。
「メルル、どうかした?」
「そうよ、話があるなら遠慮なく入って良いわ」
「あっ、えっと、話の腰を折ってごめんなさい。その、シグルド様って……あの英雄シグルド様のことですか? 聖剣ティルフォングを扱う最強の人族とか……その人が、アレク君のお父さんなんですか?」
「英雄かはわからないけど、シグルドが父親なのは間違いないね。メルルも知ってるんだ?」
「知ってるもなにも、私達の国では伝説の人ですよ! 先代獣王であるライオネル様と戦って勝ったとか……つまり、獣人族は誰一人として、勝つことは出来なかったってことですから」
……獣人は強さで王を決めるってことは、当時の最強に勝ったということだよな?
そりゃ、伝説にもなるか……我が父ながら、恐ろしい人だ。
えっ? 俺ってば、これからもそんなのに追っかけ回されるの? ……いやだァァァ!
「それに竜人族の王にも勝ったわね。本当に凄い方なのよ……それに比べて」
「悪かったな、こんなんで」
「あ、アレク君は素敵だと思います!」
「メルルは良い子だなぁ」
「べ、別に私だって……ちゃんとしてればマシだとは思ってるし」
「そいつはどうも」
「扱いが違すぎない!?」
「待て待て! わかったから! 俺が悪かった!」
貴女が俺の肩を掴んで揺らすと、大変なことになるんですよ!
目の前でおっぱいブルンブルンで、俺の息子がオーバーヒートしそうですから!
ただでさえ、今日はヤバイ日だっていうのに!
「全く、仕方ないわね」
「やれやれ……それでなんの話だっけ?」
「貴方がテニスを始めた理由よ。それがシグルド様となんの関係があるのよ?」
「ああ、それか。別に大した理由じゃなくて、体力作りをしないといけないかなと。あの親父と付き合うのは大変なんだよ」
「そ、そういう理由なのね……てっきり、私に会えるからと思ったのに」
「はい?」
「なんでもないわ!」
相変わらず変な奴だなぁ。
というか、本当にやばいし。
今日だって、全身筋肉痛になってるし。
面倒だが、背に腹はかえられぬ。
「それにしても、相変わらず有名人だなぁ」
「あの、実は会ったことあるんです……国境を越える時に」
「あっ、そうなんだ? まあ、別におかしなことじゃないね。メルルは国賓待遇で、父上は公爵家当主だからね」
「その……いえ、何でもないんです」
「えっ? いやいや、気になるよ。別に遠慮なく聞いても良いから」
すると、視線を彷徨いながら……こくんと頷く。
「その、あまり似てませんよね? というか、全然というか……本当に親子なのかなって。髪の色も違うし、体格や顔も似てません」
「あははっ! 無理もないわねっ! 似ても似つかないもの!」
「笑うなっての!」
「え、えっと……」
「平気平気、俺と父上が親子なのは確かだから。ただ、俺は母親似なだけだから」
「あっ、そうなんですね。そういえば、お母様には挨拶できませんでした」
そこで、俺とセレナが一瞬だけ固まる。
視線を交わし……多分、ここで言わないと逆にまずいとお互いに思った。
「うちには母親がいないから。その、だいぶ前に亡くなっててさ」
「そうなのよ。とっても綺麗で優しい方だったわ」
「ご、ごめんなさい! ぼ、僕、無神経なことを……」
「気にしないでよ。もう、随分前のことだから」
そう言いつつも、俺の胸に痛みが走る。
アレクとしての記憶が、今の俺をも締め付ける。
「で、でも……」
「本当に気にしないで良いからさ。ただ、そのうちマリアが話すと思うから、その時に自然に対応してくれると嬉しいかな」
「そうね、それが良いと思うわ」
「わ、わかりましたっ!」
……母親か。
前世の俺は天涯孤独の身だったし、今世での母親が唯一の母親だ。
出来るなら……記憶を取り戻した後に会いたかったな。
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