13 扇風機が進化してカエル……?
保健室の先生視点 1
学校というものは、なかなか閉鎖的だ。
現在の日本では、ほぼ確実に強制的に入学させられる。そして登校が義務になっている。
にもかかわらず、教員は選べない。ランダムに振り分けられるクラスに、生徒側が適応しないといけない。
もちろん、教員側の負担も軽減しないといけない。それは理解している。とはいえ……生徒をおろそかにするのも問題がある。
生徒1人1人と向き合う。言葉にするのは簡単だ。だけれど……実行するのは難しい。クラスには30人ほどの生徒がいるのだ。1人に時間をかけるわけにもいかない。
教師だって人間だ。どうしても、合わない生徒だっている。
そして教員と合わない生徒は、最低1年間苦しむことになる。
そんな担任教員と相性の悪い生徒……そんな生徒と向き合うには、クラス外にいるのが良いと思った。だから保健室の教諭になったわけなのだが……
苦しんでいる生徒というのは、私が想像していたよりも多かった。思春期の若者たちの悩みは、想像よりも根深いものだった。
日々、自分の無力さを痛感する。生徒の力になってあげられないことが、あまりにも多かった。
『……』イスに座ってため息をつく彼女も、苦しむ生徒の一人。『すいません……ちょっと……あの……』
『謝らなくていいよ』韓国の、
『……ありがとうございます……』
韓国から突然転校することになった彼女は、日本語が話せない。
通常なら、担任教員が気を利かせるべきなのだ。翻訳ソフトを使ったり、他の韓国語を話せる教員に相談したり……やれることはあるはず。難しい対応なのはわかるけれど、無視していいわけじゃない。
だけれど、彼女の担任は無視という手段を取った。彼女をいないものとして扱った。
その無視はクラス全体に伝播する。教員が無視している相手は、生徒も無視して良いのだと思う。
だから孤立している。言葉の通じない異国での孤立は、恐怖だろう。精神的に負荷がかかりすぎて、一度倒れたこともある。
それから彼女は、たまにこうやって保健室に訪れる。この場所が彼女にとって平穏な場所になっているのなら、嬉しい限りだ。
……まぁ、そもそも追い詰められない環境を作ってあげるべきなのだろうけど……そうなると今度は保健室の教諭は口を出す権限がない。言っても無視される。
『日本語は勉強してるんですけど……』
『そうだよね……』
異国に住めば言葉が話せるようになる、なんてことをよく聞く。
しかしそれは、異国で積極的にコミュニケーションを取った場合だ。無視されている
しかしまぁ……いつかは彼女も日本語を理解するだろう。それまでの道のりはつらいだろうけど……できる限りサポートしてあげたい。
ともあれ、今は少しでも彼女の気を紛らわせてあげよう。
『そういえば……彼とはどう?』
『彼……?』
『隣の席の、彼。機械翻訳の』
孤立している彼女に話しかける人間が、1人だけいる。
彼は別に韓国語を話せるわけじゃないのだが、機械翻訳を取り入れて積極的にコミュニケーションを取ってくれているのだ。
ありがたい話だ。彼の話をするとき、
無視されている生徒に話しかけるのは、相当な勇気が必要だったと思う。
彼は良い意味で鈍感なのだろう。
だからこそ、
『……特技を見せてくれる、って言ってました』
『特技……?』
『キーボード……らしいです』
『それは楽器? タイピング?』
『……わかりません……』
なんでわからないのだろう……わからないまま会話をしていたのだろうか。会話が成立するのだろうか。すれ違いコントでもしていたのだろうか。
……というか……韓国語でもキーボードは同音異義語なのか? って、これはツッコんではいけない気がする。
にしても、特技を見せる……
カッコつけたいのだろうか。得意なものを見せてカッコいいところを見せたいのだろうか。彼にそんなプライドがあるとは思えないけれど……
『彼とは普段……どんな会話してるの?』
『……わかりません……』なんでわからないのだろう……『……とりとめのない話というか……』
『ああ……特に特定の話題があるわけじゃないんだね』
なんとなく会話しているだけなのだろう。それは良いことだ。話題がなくても喋れるのは仲の良い証拠。
それにしても……機械翻訳の彼は大物だな。
言葉の通じない相手に、機械翻訳で話しかけるなんて相当な勇気が必要だろうに……
さて……次はどんな話題を提供しようかと思っていると……
「し、失礼します……」
保健室の扉が開かれた。
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