保健室の先生視点 2

 少し落ち着いたいむさんが、トイレに行った。

 

 いむさんが教室を出て、


「……失礼します……」機械翻訳の彼が、入れ違いで保健室に入室してきた。「あれ……」


 手にはプリント。どうやら前の時みたいにプリントを届けに来てくれたらしい。


「彼女なら、ちょっと出てるよ。すぐ戻ってくると思うけど……」

「あ……そうですか……」ちょっと落ち込んだ彼だった。いむさんに会いたかったのだろうな。「これ……」

「あ……プリント? そろそろ帰ってくるだろうから……保健室で待ってていいよ」

「いいんですか?」

「うん。彼女もキミと話したいだろうから」どうせ両思いなのだ。こうやって引き合わせるくらいは良いだろう。「あ……そういえば……」


 いむさん……せっかくなのだから、彼に日本語を教えてもらえばいい。テスト勉強会だと言って、デートしてしまえばいい。


 さりげなく、その話題に持っていこう。


「そういえば……試験の結果はどうだった?」

「ああ……9教科赤点でした」


 ……


 ……


 ……え……?


 きゅ……9教科……? たしかうちの今回の試験は10教科だから……9割赤点だったの……?


 ……ダメだ顔に出すな。平静を装うんだ……


「へ、へぇ……追試は大丈夫?」

「はい。うちの追試は問題が本試験と同じなので……問題丸暗記すれば平気です」

「それは……そう……だけど……」ついさっき私も同じことを言ったので、否定できない。「……その、ちょっと言いづらいことかもしれないけど……」

「なんでしょう?」

「授業にはついていけてる? わからないところとかあったら……」

「問題ありません。授業は聞いてないので」授業は聞こうぜ。「追試さえ通れば良いと思ってるので……成績はまったく気にしてないです」


 キミはもうちょっと気にしろ。成績を気にして精神的に不安定になるのも問題だが、最初から開き直るのも問題だぞ……


 ……ちょっと想定外だった……機械翻訳の彼がいむさんに勉強を教えてくれるかと思ったのに……


 まさかの9教科赤点。しかも最初から本試験で通る気がないという堕落っぷり。


 薄々思ってたけど……この子は結構アホ……そして大胆かつ豪胆。追試では通るだろうという謎の自信を持っている。


 ……


 良いコンビ、なのだろうか。

 繊細で賢いいむさんと、鈍感でアホな彼……お互いの足りないところを補っている、のだろうか。


 わからん……若者の恋愛には、おばさんついていけない。


「い、一応教師としては注意しとかないとね……」あくまでも冗談っぽく、「本試験で通るように、努力しないと」

「わかりました、と一応言っておきます」

「やる気はないんだね」


 ……まぁそれはそれか……実際彼は留年もしてないし、今までもこうやって追試でなんとかしてきたのだろう。


 この大胆さ……いむさんにも分けてやりたい。そしていむさんの繊細さを、彼にも少し分け与えたい。すごく安定した真面目な子ができあがると思う。


 ……そういえば彼は、孤立していたいむさんに唯一声をかけた人間だったな……鈍感力は、とても高いのだろう。


 しかしこうなると……勉強会はダメだな。いむさんが教える立場になってしまう。そうなると、彼女は気負ってしまう。


 ……まぁ追試一本狙いでも良いか……それが彼の生き方なのだろう。


 ……しかし彼ほどの鈍感力を持ってしても、いむさんが熱を出したときは動揺してたんだよな……傷つかないってわけじゃないんだろう。

 だから純粋に……彼はと思っているのだろう。試験なんて追試で済ませればいいやと、本気で思っているのだろう。


 その胆力……尊敬したい。

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