最終回

幽霊視点 1

 世の中には非常に学習能力の高い人物がいる。

 私自身も生前はかなり学習能力が高いと思っていたが……彼女の前では霞むようだ。


「なるほど……」空き教室で、今日も私はいむ盧羅のらさんと世間話をしていた。「追試で緊張したみたいだけど……まぁ通ったなら良かったじゃない」

「よかった」まだカタコトだけれど、十分にコミュニケーションが取れるようになってきた。「ツギも」

「そうね……次も通ると良い、ね」


 良いわね、と言いかけてやめた。


 私が『〇〇だわ』とか『〇〇ね』とか言ってるせいで、彼女は私のことを関西人だと思っている。

 彼女は日本語の練習中だし……あまり変な口調で話さないほうが良いだろう。


 そういえば……


「彼とは、その後どう?」

「カレ……」私の言葉も、しっかりと聞き取れるようになってきた。「まだ、あんまり……」

「仲は進展してないのね……」

「?」

「ああ……まだあんまり仲良くなれてないのね」

「そう、みたい」


 私としては機械翻訳の彼と、さっさと仲良くなって欲しいのだけれど……


 ああ……! 恋バナは大好きなのに……彼女から伝わってくる言葉だけじゃ状況が把握できない……! モヤモヤする……


「それだけ日本語が話せれば……もう日本語で話していいんじゃないかし……」かしら、という語尾も控えたほうが良いだろうか……「話しても、いいんじゃない?」


 私とコミュニケーションができるのだから、彼とも話せるだろう。


「ワタシ……カレのこと、チュウゴクのヒトだと……オモッてた」

「え……?」


 どんな勘違いだ……そんな勘違いある? 言葉が通じないならあり得るのか?


「タブン……ホンヤク、セッテイ……マチガえてる」

「……」設定を間違えている……? 「……よくそんな状態で、会話できてた……ね」


 ……喋り方を変えるって難しいんだな……私までカタコトになってきた。


「イミわからなかった」だろうな。設定を間違えているのだから。「それも、タノしかった」


 ……


 意味不明な会話でも楽しめる間柄なのか……


 彼というのは、よっぽど優しいのだろうな。会話はまったく噛み合っていないようだが……それでも楽しく会話できる。


「デモ……」いむさんは恥ずかしそうに顔をそらしてから、「ちゃんと、ハナしてみたい」

「できると思うわ……」つい口調がもとに戻ってしまう……「彼はきっと、あなたのことを受け入れてくれる」


 言葉を間違えたって問題ない。カタコトだっていい。


「だけど……ちょっと、コワい」

「……そうね……」


 今まで機械翻訳で話していたところを、急に同じ言語で話そうというのだ。当然恐怖だろう。


「不安なら……手紙を書いてみたら?」

「テガミ……?」

「ああ……ええっと……」説明というのは、本当に難しい。「紙に文字を書いて、彼に渡すの」


 そうすれば、しっかりと言葉を選ぶことができる。


 彼女の弱点は、急いで言葉を選ぼうとしてしまうことだ。


 おそらく相手を待たせないように配慮してくれているのだろうけれど、その結果間違った言葉を使ってしまうことがある。

 もっとゆっくり喋ってもらって良いのだけれど……まぁ性格的に厳しいのだろう。


「あなたの気持ちが一番伝わるだろうという言葉を、書いてみて。それが、手紙」

「テガミ……」やる気になってくれたようだった。「カいてみる……」

「そう……頑張って」


 よし……これで彼らの仲も進展するだろう。


 ……


 ……おや……? なんだか嫌な予感が……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る