幽霊視点 1

 突然、空き教室の扉を開けて現れた美しい少女。


 ……美少女……今まで見たことがないくらいの美少女だった。ちょっと繊細そうだけれど……


 おそらくこの学校に通っている生徒だろうと思って、なんとなく話しかけた。ので、久しぶりの会話だった。


 そして気がつく。どうやら彼女は日本人ではないらしい。日本語が、あまり得意ではないらしい。


「は……はじめまして……ワタシ、いむ盧羅のら……」たどたどしい日本語で、一生懸命自己紹介してくれた。「カ……カンコクの、ヒトです……」


 韓国……つまり、先ほど使っていた言葉は韓国語か。道理で聞き取れないはずだ。


 それから彼女は慌てながら、スマホに文字を吹き込む。どうやらそれで韓国語が日本語に翻訳できるらしい。


【私の日本語の練習中です】


 なるほど……つまり彼女は日本語の練習がしたいわけだ。そのために私に話しかけてきた。


 ……


 もっと話しかける相手は選んだほうが良いと思うけれど……


「……はじめまして……」


 名前なんて記号でしかないから、好きに呼んで……なんて言っても伝わらないだろうな。


 できる限りやさしい日本語を使ってみよう。ゆっくりと、聞き取りやすいように。


「私は、高美たかみゆめっていうの」

「……あ、ごめんなさい……」


 何に謝られたのかと思ったが、どうやら聞き取れなかったらしい。


高美たかみゆめ。私の、名前」

「タカミ、さん……」

ゆめでいいわ。短いほうが、覚えやすいでしょ」

「……?」

ゆめ

「ユメさん……」

「そう」言葉では通じないだろう。ここは笑顔で肯定してみる。「よろしく、盧羅のらちゃん」


 日本語でコミュニケーションできたことが嬉しいのか、彼女は顔を明るくした。もしかしたら、友達になれるとか思っているのかもしれない。


 さて、どうしたものか……このまま会話をすればいいのだろうか。


 …………彼女は気づいていないのだろうか……?


盧羅のらちゃん……幽霊ってわかる?」

「ユーレイ……?」

「……オバケ、とか聞いたことがないかしら」

「……ごめんなさい……」

「謝らなくてもいいけれど……」


 オバケや幽霊という単語は通じないらしい。頼みの翻訳ソフトも幽霊の声は聞こえないようだし……


 ……まぁいいか。日本語を練習したいというのなら、相手が幽霊でも問題ないだろう。日本語さえ話せばいいのだ。


 というか……こうして私とコミュニケーションできている時点で日本語を話せていると思うけれど……これだけ話せれば、自信を持って良いと思うけれど……


「ニホンゴ、おぼえてきました」

「そう……どんな日本語?」

「キタねぇハナビだ」

「どこで覚えたの?」ぶったまげた。いきなりとんでもない日本語披露してくれた。「そんな言葉、使っちゃダメよ」


 どこかの戦闘民族の王子くらいしか使ったらダメ。


「ツキが、キレイですね」

「それも使う相手は選んだほうがいいわよ」


 相手によっては告白になってしまう。


「ドコ、いくねーん」

「かわいいけれど……それも使う相手は考えてね」

 

 相手によっては怒られそうなイントネーションである。


 というか盧羅のらちゃん……絶妙に実用性がない言葉を覚えてるな……これでは、まだ会話は難しいかもしれない。


 そして問題はリスニングだ。話すのは単語を覚えているからできるかもしれないが、私の言葉が伝わっていない。聞き取るのが、苦手らしい。


「トンカツに、レモンかけていいですか?」

「……そうね。トンカツにかけるときも、確認はしたほうがいいわね……」

「ニドヅケ、キンシ」

「……そんな地域もあるみたいね」

「チクビドリルします?」

「ダメよ。うろ覚えの結果、危ない言葉になってるわ」

「ギャクテンサヨナラ、やでー」


 なぜところどころ関西弁……? なんで関西の文化がたまに入ってるの……? ホントにどうして? どうやって勉強してるの?


 ともあれ……


 なんか、変な子に話しかけられたものだ……

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