保健室の先生視点 1

 思春期の少年少女が集う学校等場所では、悩みを持っている生徒は多い。

 優劣をつけるわけには行かないのだが、最近の私の興味はいむ盧羅のらという少女に注がれている。


 少し暗い彼女の力になってあげたいなぁ、なんてことを思いながら廊下を歩いていると。


「ギャクテンサヨナラ、やでー」


 なぜ関西弁? どうして?

 なんで空き教室からいむさんの声が……しかも関西弁が聞こえてきたんだ? 


 ……ギャクテンサヨナラ……逆転サヨナラ? 野球? 野球の話してる? 誰と?


 ……機械翻訳の彼と話しているのだろうか。だとしたらなぜ空き教室?


 あまりにも気になったので、偶然のフリして空き教室の扉を開くことにした。


『あ……』あくまでも偶然である。『いむさん……どうしたの? こんなところで』

『……洒落しゃらく先生……』いむさんはなんだか、ちょっとはしゃいでいるようだった。『先生先生』

『……なに?』

『えーっと……ちょっと、話し相手になってもらっていました』

『……誰に?』

『あちらの……』いむさんは窓際を指して、『高美たかみさん……高美たかみゆめさんです』


 どちらの? 


 ……え……? この教室、いむさんと私しかいないよね……? いむさんが示した場所に人はいないよね?


 ……


 ……もしかして私は今……イマジナリーフレンドを紹介されてる? 話し相手が欲しくてイマジナリーフレンドを生み出したの?


 ……だとしたら、むやみに否定するべきではない……しっかりと生徒の世界を受け止めてあげないと……


『そ、そうなんだ……』動揺するな私。『ど、どんな人なの?』

『えっと……』いむさんは誰もいない場所を見て、『すごく……かわいい人です。妖艶な雰囲気があって……』

『へぇ……』

『あ、あと……関西の人なのかなって……』

『そ、そうなの……?』

『はい……ちょっと変わった喋り方をなさるので……』


 ……関西弁……? 本当に? なんでイマジナリーフレンドが関西弁なんてキャラ付けになる? 

 ……お嬢様言葉と関西弁を勘違い……? 〇〇ですわ?


 ……いや、そこまで行かなくても、〇〇だわ、くらいでも勘違いするかもしれない。いむさんは関西弁の正しいイントネーションなんて知らないのだから。


 ……しかし本当にイマジナリーフレンドなのだろうか……高校生でもありえなくはないのだろうけど……


 ……


 ……あれ……?


『名前は、高美たかみゆめさんだっけ?』

『はい』


 ……どこかで聞いたことがあるような……


 高美たかみゆめ……高美たかみゆめ……うーん……なんだろう。思い出せない。


 ……ちょっと調べてみようか……


『ごめん。お邪魔したみたいだね』せっかくの友達との会話を邪魔してしまった。『じゃあ……ごゆっくり』

『は、はい……』


 というわけで、いむさんを残して私は教室を出た。


 ……仮にいむさんが話しているのがイマジナリーフレンドだとしたら……まぁ、受け入れるべきなのだろう。

 イマジナリーフレンドは、その人にとって必要だから現れる。その幻想の友達を否定すれば、彼女の世界を壊すことになる。


 それにしても……


 高美たかみゆめ……どこで聞いた名前だっただろうか……?

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