ヒロイン視点
体を動かすことは嫌いじゃないし、苦手でもない。
でも、コミュニケーションは苦手だ。言葉が通じる場所でも友達がいなかったのに、言葉の通じない異国で円滑なコミュニケーションが取れるわけもない。
というわけで……体育で余った。二人組なんて作れるわけもなく、苦笑いの教師と一緒に体育をすることになった。
気を使っていただけるのが忍びない。クラスのみんなが自分を嘲笑しているようにすら感じる。いろんな感情が入り混じって、今の私は完全に不機嫌だ。
できる限り不機嫌は顔に出さないようにしている。涙だってこらえている。
だけれど……別に希望は見えない。日本語は勉強しているけれど、なかなか難しい。
油断すると泣きそうになってしまう。周りの言語がまったく聞き取れないのが、これほど恐怖だとは思わなかった。
孤立はさらなる孤立を生む。もはや私に声をかける人なんて……
「✕✕✕✕✕✕?」
1人くらいしかいない。
隣の席の彼は、今日も翻訳ソフトで私に話しかけてくれる。
なんで彼は私に話しかけるのだろう。同じ留学生として放っておけないのだろうか。
ともあれ、今日も彼のスマホに表示されている翻訳文字を読む。
【天高く舞い上がるカナリアの頭部です】
……
毎回思うけれど、彼は本当はなんて言っているのだろう。ある程度の制度の翻訳はしてくれてるはずなんだけど……
カナリア……彼は鳥が好きなのだろうか。
「……私は……ワシやタカが好きです」
「✕✕✕✕✕✕……」
なぜか彼の表情が暗くなった。困ったようなリアクションだった。
……猛禽類は苦手だったのだろうか。カナリアとかインコとか……小さい鳥が好きだったのだろうか。
「✕✕✕✕✕✕?」【インコとタンゴとサンゴ】
吹き出しそうになった。私はこういう意味の分からない言葉に弱い。しょうもないダジャレに弱い。
彼との意味の分からない会話は、私の好みなのだ。たぶん翻訳ミスなのだろうけど……楽しいから良いや。
「サンゴのタンゴは……見てみたいです」
私は何を言っているのだろう。わからないけれど、これくらい謎の会話のほうが気が楽だ。
段々と、私の機嫌も良くなってきた。彼と話していると悪いことを忘れられる。それくらい……彼の醸し出す雰囲気は柔らかい。
優しそうな雰囲気なのだ。それはきっと……彼自身の持つ生来の特性なのだと思う。
しかし……なんだか彼の表情は少し暗い。リアクションに困っているような……そんな感じだった。
……なんだろう……軽い話をしすぎただろうか。もっと重い話のほうがよかったのだろうか。
「✕✕✕✕✕✕」【私のけん玉はサンゴによって生成されます】
私は今日疲れているらしく、彼の言葉が酷くツボだ。大笑いしかけてなんとか我慢するが……自分の口角が上がっている自覚がある。
しかしけん玉か……日本の伝統的な遊び道具だったはずだ。
「……けん玉は……フランス発祥という説もありますよ」
「✕✕✕✕✕✕?」
またリアクションに困る彼だった。雑学はお気に召さなかっただろうか。それとも、適当にネット記事で見ただけの知識を披露したのがまずかっただろうか。
むぅ……重い話に持っていけばいいのか……軽い話に持っていけばいいのか悩む。
とりあえず……少しシリアスな話にしてみよう。軽すぎる話題を選んだとき、彼はリアクションに困っている。
ならば、重い話題のほうが話しやすいのかもしれない。
重い話題……重い話題……話題を変えないと……
私が話題を帰るより先に、彼が、
「✕✕✕✕✕✕?」【プールプルプル】
絶対もっと違うこと喋ってる。さすがに翻訳が適当すぎる。
いや……そんなものなのか? 日本語で言う木漏れ日みたいなものか? 他の国の言葉で表すことができなかったのか?
……
「プール中の痛ましい事故が、ありますね……」
絶対に返答を間違えた。確信がある。絶対にこの返答は間違っている。中途半端に想い話題を提供しようとして、確実に間違えた。
とにかくプールから離れないと……
「✕✕✕✕✕✕?」【好きな人は存在しますか? 私ですか?】
自信過剰か。なんで私がキミのことを好きな前提で話が進んでいるんだ。
……
……
まぁ……
「間違っては……いないかもしれませんが……」
こうやって優しく話しかけてくれる彼に、心惹かれてないといえば嘘になるだろう。
彼は……決して嫌な表情をしない。困っていることはあるけれど、彼の不機嫌な表情は見たことがない。とても精神的に安定している人間だと思う。
……
彼は私のことを、どう思っているのだろう。
……
中国語、勉強しようかなぁ……
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