主人公視点 2

 りんさんの体は、とても熱かった。服越しでもその熱が伝わってくるほどだった。


 ……りんさんの体……軽いな……たしかに細身だけれど……って、余計なことを考えている暇はない。


 そのまま、僕は保健室に駆け込む、


「はいよー」


 カーテンを開けて登場したのは、わが校の保健室の先生。

 いつも柔和な笑みを携えていて、大抵のことは適当にはぐらかす。でも、いざという時は一番頼りになる先生である。


 年齢不詳の、謎の教員。同級生と言われても信じそうなくらい若々しい。


 名前はたしか……洒落しゃらく……洒落しゃらく先生。


「おっと……」りんさんを見て、洒落しゃらく先生は真剣な顔つきになる。「ベッドに寝かせな」

「はい」

 

 言われるがまま、僕はりんさんをベッドに寝転ばせた。


 りんさんの荒い呼吸が聞こえてくる。汗だくで、呼吸をするのも辛そうだった。


「……」洒落しゃらく先生はりんさんの額に手を当てて、「……こんな状態で……よく学校まで来れたもんだ……」


 そのまま洒落しゃらく先生は聴診器を取り出して、


「ちょっとカーテンの外に出ておくれ」

「え……?」頓狂な声を出してしまったが、「あ、わかりました。すいません……」


 治療のために服を脱がせる場面があるのだろう。異性である僕がいないほうがいい。


 カーテンの外に出て、僕は……待っていた。ただ、待つことしかできなかった。


 りんさん……大丈夫かな。重大な病気とかなのかな……だとしたら……僕にはなにも力になれないけど……


 しばらく時間が経過して、


「終わったよ」洒落しゃらく先生がカーテンから出てきた。「ありがとう。キミがいち早く連れてきてくれたから、対処が早くできたよ」

「あ……」もっと早く連れてくるべきだった、という後悔がある。「あの……大丈夫、なんですか?」

「重大な病気じゃないと思う。何度も繰り返すようなら、病院で診てもらう必要があるけどね」

「じゃあ……えっと、風邪か何か、ですか?」

「風邪と言ったら風邪かもしれないけど……」洒落しゃらく先生は頭をかいて、「たぶん……疲れが溜まってたんだろうね」

「疲れ……」

「そう」洒落しゃらく先生はカーテンの中を見て、「彼女……噂の留学生ちゃんでしょ?」


 噂になっているらしい。そりゃそうか。

 

 僕がうなずくと、洒落しゃらく先生が続ける。


「いきなり異国に来て、言葉も通じない。新しい生活に慣れるのも大変だ。そんな中で毎日学校に来て、知らない言葉が頭上を飛び交って……怖かっただろうね」

「……怖い……」


 知らない言葉が頭上を飛び交う。自分の知らない言葉でしか会話ができない。

 その状況は、どれほど恐怖なのだろう。それが1日や2日ではない……ずっと続いているのだ。


 いったいりんさんは、どれほどの恐怖と戦っていたのだろう。


 しかも……僕は……

 彼女の知らない言葉で、毎日話しかけた。無配慮に、自分の下心のためだけに。

 彼女からすれば、怖かっただろう。恐怖だっただろう。


「僕のせい……ですね……」思わず、声に出してしまった。「僕……彼女に話しかけちゃいました……彼女の国の言葉がわからないのに……なのに……」

「……」洒落しゃらく先生は、いつもよく考えてから話す。「……それは、ずっと日本語で話しかけてたってことかい?」

「あ……えっと、翻訳ソフトで……」

「じゃあ、的はずれなことは伝わってないだろうし……キミの配慮は彼女にも伝わってる。原因はキミじゃないよ」

「でも……」

「むしろね……孤立させないてあげな。1人でいることと孤立してることは違うから……」


 1人でいることと、孤立していること。

 僕にはまだ、難しい言葉だった。その2つの言葉の違いが、いまいちわからない。


「さて……キミは教室に戻りな。そろそろ、1限目が始まるから」

「でも……」

「大丈夫。彼女も落ち着いてきてるし……今日は私、1日時間があるから。ちゃんと彼女のことは見守っておくよ」

「……」


 僕が不服そうな顔をしていると、


「最近はこういうことを聞くと問題になるのかもしれないけど……キミ、彼女のこと好きなの?」

「……」そこまでストレートに聞かれると……「……おそらく……そう、ですね」


 僕が彼女に抱いている感情……それはきっと、恋なのだろう。


 でも……でも……


「彼女は僕のこと……好きじゃないですよ」

「そう言われたの?」

「いえ……そういうわけでは……」


 直接言われたわけじゃないけど……だけど……


「まぁ、なんとなくわかったよ」洒落しゃらく先生は立ち上がって、「さっきは教室に戻れとか、野暮なこと言ったね。彼女が目を覚ますまで、そばにいてやりな」


 ……それはそれで、ちょっと恥ずかしいけれど。


 とはいえ、教室に戻ったところで授業には集中できないだろう。


 ここはお言葉に甘えさせてもらおうか。

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