保健室の先生視点

 この学校に韓国の人が転校してきたことは知っている。


 留学生なんて今は珍しくもない。だけれど、多くの留学生は最低限の日本語を身に着けている。


 だけれど、彼女は違う。突然のことで、完全に日本語が話せない。


 教師として、サポートをしないといけない、と思っていた。だけれど私は彼女の担任じゃない。あくまでも保健室の先生でしかない。


 担任教員が彼女の心をサポートしていると思っていたが……どうやらそんなこともないらしい。


 これからは、もう少し積極的に関わっていこう。


 そうじゃないと、こうしてまた倒れてしまう。


 保健室に担ぎ込まれた彼女が目を覚まして、軽く世間話をしてみる。


 そうしていると、どうやら彼女には意中の存在がいるらしい。


「それに……彼は私のこと、好きじゃないと思います……」

「……」


 なんと返答したものか……頭を抱えそうになってしまう。

 この2人が両思いなことは、私視点からすれば明らかだ。

 だけれど……それを部外者である私が告げるのは論外である。


 結局……なにも口は出せないな。陰ながら応援することくらいしかできない。


「まぁ……しばらくは安静にしたほうがいいよ。といっても暇だろうから、話し相手をあてがおう」

「……?」


 首を傾げる彼女。名前は確かいむさんだったか……


 とにかく、私はカーテンを開けてその人物を呼び込む。


「目を覚ましたよ。ある程度回復したから……話し相手になってあげな」


 話し相手というのは、もちろん彼である。いむさんを保健室までお姫様抱っこで運んできた彼。


 あとは若いものに任せよう。そう思って、私はカーテンを閉めた。


 カーテンの中には、いむさんと彼の2人しかいない。

 私は席に座っていむさんの病状をメモしていく。


『あ、あの……』カーテンの中からいむさんの声が聞こえてきた。当然韓国語だ。『あ、ありがとうございました……あの、運んでくれて……』


 そういえば翻訳ソフトで会話してるって言ってたな……どんな会話をしてるのやら。


「ああ……えっと」少し間があって、彼が言う。おそらく翻訳の間だろう。「グレープフルーツ?」


 ……


 ……?


 思わずメモの手が止まった。


 え……? グレープフルーツ……? なにが? お礼言われたんだよね……?


『……どちらかというとナウマンゾウですかね……』


 なにが? なんの会話してんの? なんでグレープフルーツからナウマンゾウに行き着いた?


「タコス? えーっと……火星ではないかな……」


 なんだこの会話は……どうなっているんだ……まだいむさんの体調が良くないのか……? いや……それにしても……


『タツノオトシゴはアリの巣にはいませんよ』


 当たり前だろ。なんでいると思ったんだよ。どっから出てきたタツノオトシゴ。


 ……なんだろう……最近の若者の会話はこんな感じなのだろうか……おばさんついていけない。


『……コーンフレークは……火星にあるんですかね。わかりません』

「ドラゴンの尻尾かぁ……お味噌汁には重いかな……」

『ビニール袋が大量にあっても……』

「エアミキサーでお米は炊けないと思うよ……」


 頭がおかしくなりそうだ……なんでそんなに話が噛み合ってないんだ……


 でもまぁ……楽しそうだから良いか……たまに笑い声も聞こえてくるし、2人とも声が弾んでいることが多い。


 これが彼ら彼女らのコミュニケーションなのだろう。じゃあ……ツッコむのは野暮というもの。


 とはいえ……


「これから暑くなるからね……たしかに水の魔法は必須かも……」

『迷路の中では使えませんね……最低限教室くらいの広さがないと……』

「そうなの……? なら、80ヤードくらい?」

『それはUSBメモリーですかね……』


 ……会話を聞いてて、すごくモヤモヤする。割って入って、どんな会話してるのか問い詰めたくなる。


 ツッコみたい。どんな会話してんだよ、とツッコみたい。


『パルメザンチーズで魔王を?』

「四天王はパセリじゃないと思うけど……」


 ……


 ……


 ああ……


 モヤモヤする……

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