2 非常に気分が良いです。高山を殴ります

ヒロイン視点

 彼の名前は知らない。別の言語の名前を聞いても覚えられないし、別に興味もない。


 転校してから、私は恐怖というものを感じていた。私の周りを飛び交う言葉が、すべて呪文に聞こえる。まったく理解できない言葉が、私の頭上を飛び交っている。


 この空間はまるで異世界だ。私の委託にとは別の国ということを差し引いても、疎外感が大きすぎる。


 私の居場所はここじゃない。早く授業が終わってほしい。どうせ聞いても理解できないが、範囲的にはすでに予習済みだ。


 別に拒絶したいわけじゃない。だけれど、とにかく怖かったのだ。この空間が、私を踏み潰そうとしているようだった。息苦しくて視界が悪くて、逃げ出したかった。


 そんな孤立している私に、話しかけてきたのが彼である。


「✕、✕✕✕✕✕✕……」


 落ち着いた雰囲気の優男……それが第一印象だった。どこにでもいそうな男子高校生だった。


「✕✕✕✕✕✕……」

 

 彼はしきりに私に話しかけてくれるが、なにを言ってるのか理解できない。


 そうしているうちに、彼は何かを思いついたようだった。

 スマホを私に向けて、私に何かを促してくる。


 ……一瞬考えて、差し出されているものが翻訳アプリだと気がつく。


 なるほど……機械翻訳で会話をしようとしているのか。そういえば、そんな便利なものがあったな。


 というわけなので、


「……おはようございます……よろしくお願いします」


 当たり障りのない言葉を言っておく。滑舌も気をつけたし、これくらいなら正確に機械が翻訳してくれるだろう。


 やがて彼はスマホの画面を確認する。そこには翻訳された言葉が表示されているのだろう。


 そして彼は、


「……――!?」


 スマホの画面を見て目を見開いていた。その後アタフタと私とスマホを交互に見て、大慌ての様相だった。


 ……なんだろう……なにか間違えただろうか。しかしこんな簡単な単語、今どきの機械が翻訳を間違えるとは思えない。


 彼は慌てたまま、もう一度私にスマホを向ける。


「……なにか間違えてしまったのなら、すいません……」


 なんとなく謝罪してみたら、


「✕✕✕✕✕✕……?」また驚かれた。「✕✕✕✕✕✕?」


 なんで驚かれているのだろう……わからない。彼の言葉がわからない。


 しばらくして、彼はスマホを操作し始める。そして自分の声をスマホに吹き込む……途中で……


 慌てていたせいなのか、彼はスマホを私の机に落としてしまった。


 そしてその画面が、一瞬だけ見えた。


 中国語→韓国語、とその画面には書かれていた。


 ああ……なるほど。彼は中国の人なのか。だから自分の発する中国語を韓国語に翻訳しようとしてくれているのか。


 そりゃ私以外にも留学生くらいいるだろうな。日本の学校だから、彼も日本人だと勝手に勘違いしていた。


 そして彼は言葉をスマホに吹き込んで、翻訳。

 画面には、


【移動経路は徒歩ですか? あるいはナウマンゾウ?】

「どんな二択ですか……」


 斬新な二択だ……なんで彼は私が韓国から徒歩、あるいはナウマンゾウに乗ってやってきたと思っているのだろう。なんでそんな発想になったのだろう。


 なんにせよ、聞かれたからには答えよう。


「……主な移動手段は……飛行機です……」

「✕✕✕✕✕✕」どうしても私の言葉に驚く彼だった。「✕✕✕✕✕✕?」


 いちいち翻訳の画面を見るのも面倒だが、まぁしょうがない。


【その材質は紙ですか?】 


 魔法使いか。なんで紙飛行機で国外に飛び立ってるんだ。


 ……


 材質か……飛行機の材質ってなんなのだろう。紙のわけないし……金属だろうか。


 ……なんで私は転校初日から飛行機の材質を考えているのだろうか……意味がわからない。


 なんにせよ、これが私と彼の最初の会話だった。この会話以降、彼は私を気に入ったのか頻繁に話しかけてくる。


 いや、意味がわからん。

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