ヒロイン視点

 突然転校することになった。しかも行き先は日本。韓国から、日本への移住だった。


 私は日本語が一切わからない。いきなり日本の学校に行けと言われても、混乱するだけだった。


 新しい学校で、自己紹介をした。といっても私は日本語が喋れないので、黒板に名前だけ書いた。


 いむ盧羅のら


 なんだか教師が私の横で私のことを紹介してくれている。しかし、何を言っているのかさっぱりわからなかった。


 私が孤立するのに、大した時間はかからなかった。


 私は無愛想だし言葉も通じない。のけものにされるのはわかっていた。


 そんな私に、唯一で話しかけてくる人がいる。転校初日から、彼だけはずっと話しかけてくれる。機械翻訳だけで人種の壁を越えようとしてくる。


 今日も今日とて、彼は私に話しかける。


「✕✕✕✕✕✕?」


 日本語はまったくわからない。私は彼がスマホで言葉を翻訳するのを待った。


 そして画面上に表示された文字を読む。


【あなたは僕のおっぱいを触ったとされますか?】


 ……

 ……

 ……


 ?


 相変わらず彼の言うことはよくわからない。思わず首を傾げる。

 機械翻訳もかなり発達しているので、そこまで的はずれな翻訳にはならないと思うのだが……


 とにかく、私は韓国語で返答する。


「ごめんなさい……ちょっと理解できない」


 それから彼はスマホをこちらに向ける。どうやら認識できなかったようなので、私はもう一度同じことを言った。


 これで彼の画面には、翻訳された中国語が表示されているはずだ。


 なのだけれど……彼はなぜか首を傾げている。どうやら伝わらなかったようだ。


 まぁ、機械翻訳だからしょうがない。別に伝わらなくたっていい。孤立したって気にしない。


 だけれど、なぜか彼は私に話しかけてくる。


「✕✕✕✕✕✕」スマホの画面を見る。【ワックスをかけた廊下は、よく滑ります】


 でしょうね。なんの報告だ。


 彼との会話は、なんでこんなに話が噛み合わないんだろう?


 とにかく返答をしなければ。


「……ワックスをかけた場所は、危ないですよ。滑るから」


 なんでこんな会話になったのだろう……これがこの国の一般的な会話なのだろうか……


 そして私の言葉が翻訳されて、彼が、


「✕✕✕✕✕✕……」


 なんだかツッコまれたような気がする。ツッコみたいのはこちらなのだけれど。


 なんだかうまく意思疎通ができてない気がするが……まぁいいか。別に彼との会話が成立していなくても、困らない。


 彼は新たな話題を提供してくれる。


「✕✕✕✕✕✕?」【新婚旅行は月面派ですか? ラーメン派ですか?】

「斬新な二択ですね」どこからツッコんでいいのかわからない。「本当はなんて言ってるんですか? 翻訳の設定間違ってませんか?」


 どんな生活をしていたら月面かラーメンかという二択が出てくるのだろう。というか……新婚旅行がラーメンって何? 食べ歩き?


 私としては精一杯ツッコんだつもりだったが、彼は首を傾げている。


 それから不意に真剣な表情になって、


「✕✕✕✕✕✕」【あなたと一緒にいきたいと思いました】


 ……私と一緒に……?


 どこに行くのだろう……


 ……


 ……


 新婚旅行? ラーメンに?


 ……この彼は……いったい何が言いたいのだろう……翻訳は間違っているのだろうけど、そこまで大外れはしてないはずだし……


 しかし……翻訳を信じるなら……彼は私と新婚旅行に行きたいと言っている。


 それってもう……プロポーズ……


 顔が赤くなっているのが、自分でもわかる。それを悟られたくなくて、私はそっぽを向いた。


 いったい彼は……なんなんだ。


 そもそも彼は、なんで私に話しかけてくるようになったんだ?


 最初に会ったのは、私が転校してきた日だ。

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