保健室の先生視点 2

 機械翻訳の彼が言うには、どうやらいむ盧羅のらさんからお月見に誘われたようだった。


 いむさんに日本文化を楽しもうとするくらい余裕ができたのなら、嬉しい限りだ。教員として、できる限り協力しなければ。


 さてお月見の開催場所なのだけれど、少しばかり候補がある。


 夜になって、学校から生徒がいなくなる。教師だけの時間。

 

 夜の学校というのは不気味なものだ。幽霊が出るかもしれない、なんて怯える人もいるだろう。


 だけれど、私の目的はまさに幽霊さんなのだ。当然、幽霊なんて怖がらない。


「お邪魔します」高美たかみゆめさんのいる空き教室の扉を開けて、「高美たかみさん。いる?」


 しばらくして、窓が振動する。いつものモールス信号だ。


”いる”

「よかった。ねぇ、高見さんは……お月見に興味ある?」

”なぜ?”

「いや……機械翻訳の彼が、お月見をやるっていうからね。手伝おうと思うんだ」

”彼は月見に興味が?”

「うん……というより、いむさんから誘ったらしいよ」


 そこで、返答が途絶えた。まぁモールス信号で会話するのはつかれるだろうから、たまに長い間くらい生まれるだろう。

 

 しかし……それにしても長い。いむさんがお月見に誘ったのが意外だったのだろうか。


 しばらくして、


いむさんの目的、お月見じゃないかも”

「……?」


 ……お月見じゃない?


”彼女は、告白したと言ってた”

「こ……」驚いてしまった。「告白って、彼に?」

”たぶん。日本の有名な言葉で告白した、と言ってた”

「有名な言葉……?」


 言われた瞬間ピンときた。


「……月がキレイですね?」


 かの夏目漱石が「I LOVE YOU」を「月がキレイですね」と訳したことから、その言葉は愛の告白と同義の意味を持つとされる。

 実際に夏目漱石がそんな訳をしたのかはさておき……


いむさんは彼に、月がキレイですねと伝えて……」


 いむさんなら知っていてもおかしくはない。日本の文化は勉強しているだろうから、その過程で知っていてもおかしくない。


 しかし……しかし彼は……? 知っているわけがない。


「彼は……お月見に誘われたと勘違いした……?」

”そうみたい”


 なんたる鈍感力……いや、鈍感力は彼の武器なのだけれど……良いところでもあるのだけれど……同時に悪いところでもあるのだ。

 今回は、その悪いところが出てしまった。


いむさんは告白したと思いこんで、彼はお月見をしようとしてる……」


 なんだその状況……どんなすれ違いだ……


 しかし……なんだか彼女たちらしい。機械翻訳ですれ違い続けた彼女たちの告白には、ピッタリな気がした。


 微笑ましいすれ違いだが……とはいえ、このままほうっておくわけにもいくまい。


「……どうしよう……」

”私に聞かれても”


 そりゃそうだ。


 いむさんが彼に告白したことは、伝わってほしい。だけれど……このままではただのお月見になってしまう。


 ……どうすればいいんだろう……

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