ヒロイン視点

 韓国から転校して、日本の学校に来た。

 

 孤立していた私に唯一話しかけてくれる中国人留学生の彼。


 私に毎日話しかけるなんて、彼も暇だなぁと思う。私としては彼との会話は心安らぐので嬉しいけれど……


 最近、彼について気になっていることがある。


 彼と会話していると……とある名前が良く出てくるのだ。おそらく個人名だから翻訳ソフトでは翻訳困難だろうけど……

 発音的に人の名前だと思う。誰なのかはわからない。でも、これだけ会話に出てくるのだから、彼はその人のことが気になっているのだろう。


 その人はという名前らしい。何度も聞いたから覚えてしまった。


 ……リンさんとは何者だろう。彼の中国での友達だろうか。


 ……恋人、だろうか。


 ちょっとだけリンさんに嫉妬している自分に驚いてしまう。そのリンさんが私だったら良かったのに、なんて思ってしまう。


 そんな私の心など知るわけもない彼は、スマホの画面を私に向ける。

 どうやら今日は私から話題提供してほしいようだ。


 というわけなので、


「リンという人物は……友達なんですか?」


 私は何を聞いているのだろう。何を思ってリンさんのことを聞いたのだろう。


 彼が誰と友達でも、私には関係がないじゃないか。むしろ彼が幸せなら、それでいいはず。


 なぜかドキドキしながら、彼の返答を待つ。


「✕✕✕✕✕✕?」【盗塁によって得ました】


 盗塁……盗塁……盗む……


 ……略奪愛? 盗みたいくらいリンさんのことが好きだということか?


 それとも……もう盗んだのか?


「盗むのは……あんまり良くないかも……」

「✕✕✕✕✕✕」なんだか、今日の彼は歯切れが悪い。緊張しているようだった。「✕✕✕✕✕✕」【それはしょうがないです。私は決意します】


 いけないことだと知りつつも、リンさんがほしいのか……そこまで好きなのか……


 ……


 なんで私は残念に思っているのだろう。


 なんだか恥ずかしくなってきた。顔が赤いのが自分でもわかる。


 ごまかすように、私は続けた。


「その……リンさんというのは……どんな人なんですか?」 


 なんで私は彼の好みを聞き出そうとしているのだろう。


 考えるまでもない。私は……彼が好きなんだと思う。だから、彼の想い人『リンさん』に嫉妬しているのだと思う。


「✕✕✕✕✕✕?」【私は新聞紙のように舞います。さらにマスクによって光線を放ちます?】


 どこからツッコめばいいんだ……彼の話はいつもよくわからないが、今回はいつにも増してわからない。

 肝心なところだというのに。


「リンさんというのは……同級生ですか?」恋人ですか、と聞こうとしてやめた。「……仲が良いんですか?」

「✕✕✕✕✕✕」【結果として得られたのはマウスカーソルです。ところてんのようです】

「……どういうことなんですか……」

 

 ダメだ。全然答えてくれない。すごいはぐらかされる。


 にしても、マウスカーソルはともかく……ところてん……


 なんか隠語に聞こえてきた。そんなわけないと、赤くなった顔を手でさり気なく隠す。

 

 ……なんで私は彼と会話するとき、こんなにも心が揺れ動くのだろう。


「✕✕✕✕✕✕」【あなたが欲するならば、望みます。奪いなさいな】

 

 宣戦布告か? 『僕を欲するなら、リンさんよりも良い女になって奪え』ということ?


 ……

 

 奪いなさいな、の語尾が腹立つな……


 にしてもリンさんめ……そんなにも彼と仲が良いのか……私がいくらアタックしても、彼は私になびかないのだろう。

 だから、彼も宣戦布告できる。自分の心はリンさんにあると安心している。 


 ムキになった私は、何を思ったのか……


「私のほうが……あなたのこと好きなのに……」


 そんなことを口走ってしまった。


 本当に私は……なにを言っているのだろう。顔が真っ赤だ。もうごまかすこともできてない。


 どうか私の最後の言葉が、うまく翻訳されませんように。彼に伝わりませんように。


 ……

 

 いや……


 伝わって……ほしいのだろうか……

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