主人公視点 2

 りんさんからお月見に誘われたので、準備をしようかと思ったら、


「準備は私がするよ」


 ということなので、お月見の準備は洒落しゃらく先生に任せることになった。


 ……りんさん主催のお月見で、洒落しゃらく先生が準備……? なんか違和感があるけれど、まぁ日本文化の体験のためだろう。


 さて洒落しゃらく先生が用意してくれたお月見の会場は……


「学校の屋上……」僕は頭上の月に手を伸ばして、「静かだね……良い場所だ」


 どこかの公園でお月見をするものだと思っていたが、そこだと人が多いかもしれない。僕もりんさんも人混みが苦手だから、配慮してくれたのだろう。


 夜の学校の屋上には、僕とりんさんしかいなかった。物音1つしないような、静かな夜だった。


 月を見るふりをして、僕は隣のりんさんをチラリと見る。


 今日のりんさんは、和服姿だった。月を見上げるその横顔は、僕の拙い語彙力では表現できないような美しさだった。


 ……りんさんがお月見に誘ったのは、僕だけ。


 そんなことを思ってしまうと、変な勘違いをしてしまう。顔が赤くなってしまう。


「……えっと……」なんとなく焦って、僕は言う。「洒落しゃらく先生は……どうしたんだろうね」

「あ……カイモノ、みたい」ずいぶんと日本語がうまくなったりんさんだった。「サキに、ハジメテって」


 はじめてと言われても……


 お月見の開始って、いつなのだろう。月を見上げた時点での開始なら、すでに開始しているのだが……


 ……


 こうして2人きりになると、思う。やはり僕たちには共通の話題がない。


「服……似合ってるね」

「あ、アリガトウ……」


 それで話題が尽きるくらいには、共通の話題がない。


 というより、なんだかりんさんが緊張しているようだった。日本語で会話するのは、やはり緊張するものなのだろうか。


「あ、アノ……」不意に、りんさんは僕に頭を下げた。「いつも、アリガトウ」

「……?」なににお礼を言われたのだろう……? 「……えーっと……?」

「ハナシ、かけてくれて」

「え……? ああ……僕が好きでやってることだから、気にしないでいいよ」というよりも……「むしろ……りんさんと話せて楽しかったよ。だから……僕のほうがお礼を言わないと」

「わ、ワタシモ、タノシカッタ」

「それはよかった」


 本当に良かった。僕との会話を楽しんでくれていたのなら、嬉しい限りだ。


 風が吹いて、りんさんの髪を揺らす。


 ……


 こうやってりんさんと会話ができるのも、もしかしたら最後かもしれない。


 りんさんは、もう日本語が話せる。クラスに馴染むのも、時間の問題だろう。


 そうなれば……僕の役目は終わり。寂しいけれど……引き止めてはいけない。受け入れないといけない。


 それにしても今日のりんさん……いつにも増しておしとやかだな。月に見とれているのだろうか?


 たしかにキレイな月だとは、思うけれど……別に満月ってわけでもない。いつでも見上げたら見れそうな、そんな月だった。


 ……予行演習か何かだろうか。お月見の季節に高山たかやまさんとお月見に行くから、そのための練習だろうか。そう考えると合点がいく。


 月を見上げている僕に、


「……アノ……」


 りんさんの声。


 そして僕が目線を彼女に向けた瞬間だった。 


 なんだか柔らかいものが、僕の唇に押し当てられた。

 そして僕の視界には、超至近距離のりんさんの顔が映る。


 強く抱きしめられて……それで……


 少し時間を要して、キスされたことに気がついた。


 ……


 ……


 なんで……?


 りんさんの唇が離れる。そして一瞬の呼吸音。そのままりんさんは僕に抱きついて、しばらく息を整えていた。


 それから、一言。


「スキ」


 スキ……好き?


 りんさんが? 僕のことを?


 もしも……もしも聞き間違いじゃないのなら……


「……僕も……」できる限り優しく、りんさんの体を抱きしめる。「……えっと……一目惚れ、してました」


 最初に出会ったときから……一目見たときから、僕はりんさんのことが好きだった。


 でも、りんさんは僕のことが好きじゃない。そう思っていた。


 ……

 

 もしかして……両思いだったの……? そんなことある?


 なんであの意味不明な会話を続けて……そんな関係になる……?

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