保健室の先生視点 1

 その日は珍しく、授業時間中に機械翻訳の彼が現れた。

 いつも彼はいむさんが居るときに現れるので、彼が1人で保健室に来るのは珍しい。


「いらっしゃい。どうしたの?」

「少し、ご相談がありまして……」

「相談……?」


 彼にも人並みに悩みがあるのだなぁ……そりゃそうか。肝が座っているとはいえ、高校生だもんね。


 とりあえず彼をイスに促して、


「それで……相談って?」

「お月見って、なにを準備すれば良いんでしょう?」

「お月見……?」彼にそんな風情な趣味があるとは……なんとも意外だ。「……それは遠い計画? それとも、すぐに?」

「できる限り早い日時だと嬉しいんですけど……」


 お月見のシーズンではないような気がするけれど……まぁ、別に月は年がら年中出ているし、いつでも良いのか……?


 それにしても、お月見か……


「ダンゴをお供えして食べたり、ススキを飾ったり……そんなところじゃない?」言いながら、彼がお月見なんて言い出した理由を察する。「ああ……彼女に日本文化を教えてあげるの?」


 韓国のいむ盧羅のらさん。彼のクラスに外国の人は1人しかいないから、彼女で通じるだろう。


「たぶん、そういうことだと」


 ……たぶん?


「やけに曖昧だね……」

「あ……彼女に誘われたので……」

「そうなんだ……」いむさんから彼をお月見に誘ったのか……? 「……日本文化を体験したかったのかな……?」

「おそらく、そういうことではないかと……」


 ……

 なんか違和感があるな……日本文化を体験したい外国人は多いだろうけど……今のいむさんに、そんな余裕があるだろうか?


 それに、彼に直接頼むのも違和感だ。まずは言葉の通じる私に相談しそうなものだけれど……


 わからん……わからんが……


「そういうことなら、協力するよ。具体的な日取りが決まったら、また教えて」

「わかりました」


 せっかくいむさんも日本を楽しむ余裕が出てきたのだ。一応……私も手伝おう。彼だけだと、ちょっと心配だし……


 しかしお月見……本当にいむさんはお月見に誘っているのだろうか。


「野暮なことを聞くけれど、翻訳ミスってことはない?」

「ああ……それはないです。日本語で伝えてくれたので」

「日本語……ああ、なるほど」


 いむさんは日本語の練習中だったな。その過程で、彼とももう日本語で話し始めているのだろう。


 そして日本語がある程度通じて安心して、日本文化に興味を持ち始めたのか。

 そうやって楽しいことに目を向ける余裕が出てきたのなら、嬉しい限りだ。


 ……


 それにしても……なぜお月見なのだろう……?

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