第42話 殺意の高い連続攻撃

 

 門を通り過ぎ。哲太が両腕を大きく掲げ、叫ぶ。


「来たぞ! グリッターパーク!」

「テッタ。うるさい」


 そう。俺達は県内にある遊園地「グリッターパーク」に到着した。


 休日とあってか家族連れが大半だが、少し視線を外すとデート中のカップルと思しき二人組も見受けられる。

 ちなみに俺は、幼少期にこの遊園地に遊びに来たことがあるらしい。もう昔のこと過ぎて覚えてないが、当時の俺ははしゃぎにはしゃいでいたらしいのだ。


 ……柏木さんは来たことがあるのだろうか。あまりこういう類の場所には縁がないように思うが。


「楽しみですね」

「そうだな」


 ……まあいい。余計なことは考えるな。


 これを機に二人が仲良くなって、哲太の恋が成就するのを見守るだけだ。題して、恋のキューピット大作戦。……いや、こういうのは性に合わないな。


「どこに行くか……そうだな、まずは――」


 哲太がパンフレットを広げる。指でそれをなぞり――ある個所でぴたりと止めた。


「お化け屋敷に行くぞ、カスミ!」

「は、はあ? いきなりだな……」

「良いじゃねえか! ほら、一哲もどうだ! お化け屋敷」


 哲太が一哲の肩に手を置く。一哲はあからさまに嫌そうな顔をして――。


「……行かない」

「えぇ!? どーしてだ! 楽しいぞ、お化け屋敷!」

「……やだ」

「おい哲太。無理強いはよくないぞ」


 俺の言葉にはっとした様子で、哲太は一哲から離れる。


「あ、ああ。そーだったな。悪かった」

「……ふぅ」

「どうする? お化け屋敷の前で待っとくか?」


 俺としてはその方が有難いが。色々と……。


「そうする」


 ほっ。


「柏木さんはどうするんだ?」

「私も行きます」

「そ、そうか」


 柏木さんも来るのか。……もしや。


 これはあれだろうか。俗に言う吊り橋効果……。吊り橋を渡る男女が、不安から来るドキドキを異性に対するものだと勘違いして、そこから恋に発展するあれだ。

 うん。哲太はともかく、柏木さんの方はこれで平気そうだ。


「よし、決まりだな。んじゃ、早速行くとすっか!」


 哲太は意気揚々と、お化け屋敷のエリアまで歩みを進めたのだった。



 ◆◇◆



 お化け屋敷の前に到着する。外観は白を基調とした西洋風の館で、見た感じではそこまで怖いようには見えない。ただ、敷地が大きいこともあってか、所用時間は二十分と長めになっている。

 今はちょうどあまり人がおらず、入るには絶好の機会だ。


吸血姫きゅうけつきラミアの館……か。これ、怖いのか?」


「吸血姫ラミアの館」。グリッターパークでは人気のアトラクションらしい。パンフレットによれば、物語の主人公達はある寂れた洋館に迷い込み、そこで吸血鬼の姫「ラミア」と対峙、無事脱出するまでが一連の流れとされている。


 聖水や十字架などを駆使してギミックを解く必要があるなど、B級映画のような設定に似つかない、凝ったクオリティとなっているようだ。


「なかなかな! 俺はこれで三回目だしもう慣れたが、カスミの反応が楽しみだ!」

「こう見えても、俺はあまりビビらないタイプだ。悪いが、期待には応えられない」

「ハッハッハ! そう言っていられるのも今のうちだぞ――――」



 数分後。



「ぎゃああああああああ!!」


 お化け屋敷の中に入るなり、哲太はビビりまくってどこかに消えてしまった。

 最初の最初、横から生ぬるい風が噴き出す演出で、だ。


「あいつ……はぁ。自分は三回目だから慣れたとか何とか言っておきながら、まだ全然怖い場面じゃないじゃないか」

「羽成君、大丈夫かな……」

「スタッフの方に迷惑が掛からなければいいんだけどな……」


 全く別な心配をする俺と柏木さん。哲太は確かに方向音痴だが、それより心配なのはあの筋肉ダルマを止めるスタッフの方々だろう。

 ううむ、俺達にはどうすることも出来ない……。


「仕方ない。先に進むか……」

「うん」


 俺が先頭、柏木さんはその斜め後ろだ。流石に女性を前にすることは出来ない。


 ちなみに、入り口は裏側の勝手口と思しき場所だった。そこから少し歩き、洋館のフロントに到着。既におどろおどろしい雰囲気だ。流石はお化け屋敷、と言ったところだろうか。暗がりの中、時折仄暗く光る窓の外に見えるのは、枯れた木々……。


 窓は割れ、血痕のようなものも見える。フロントの隅には石膏で出来た像があり、貴婦人の上半身が仄暗い光に照らされていた。

 石で出来た仮面でも飾られてそうな感じだが、生憎とそういうのはなかった。


「なんか、寒気がしてきたな……」

「そ、そうだね。ちょっと不気味」


 壁をつたって、少しずつ前進する。


 その時。


【ひぃっひっひっひっ!!】


 甲高い女性と思しき声が、フロントの階段から聞こえてきた。

 俺は思わず立ち止まり、柏木さんもそれに合わせて制止する。


「うわ、始まったな」


 内心ビビり気味の俺だったが、その声に妙な既視感を覚える。


「なんかこの声。聞き覚えがあるね……」

「柏木さんもそう思うか? 何だろうな、これ。……あ」


 柏木さんと、声が重なる。


「「漆黒魔女・ニグリナ」」


「やっぱり!」

「どうりで聞き覚えがあると思ったら。ニグリナの声にそっくりだな」


 漆黒魔女・ニグリナとは。「アルホラ」のサ終後に俺達がよく遊んでいたゲーム「プライマル・オンライン」の最初のボスのことだ。序盤から現れることもあり、登場時の「ひひ。ひっひっひっひ!」という甲高い声に、殺意の高い連続攻撃の数々は、初心者プレイヤー達にトラウマを植え付けた。勿論、例に漏れず俺達もだ。蕎麦と一緒にプレイしたが、クリアに一週間ほどかかった記憶がある。


 再び歩き始める。


「へへ。なんか怖くなくなってきた」

「確かにな。ニグリナとの再戦だと思えば全然――」


 その時。


【ズシャアァァァァアァァアァンッッ!!】


「きゃっ!?」

「うわっ!?」


 窓の外に、大きな雷が落ちた。大音量で雷鳴が轟く音が聞こえてくる。


「ぜ、前言撤回……やっぱり怖いよ、これ」

「あ、ああ。平気か、柏木さん」

「うん。……あのさ、カスミ。怖いから、手……握ってていい?」


 思わず急停止する。柏木さんがブレーキを踏めず、とんと俺にぶつかった。


「カスミ……?」

「すぅ……はぁ」


 いけない。


「だ、大丈夫?」

「へ、へーきだ。うん」

「手、握っていい? 握るよ?」

「ああ」


 これは……非常にまずい。右手に。ふにゅりとした感触がある。柏木さんの手だ。ほんのり湿った白く細い五本の指が、俺の手を覆っている。


「ふぅ……。うん。落ち着いてきた」


 俺は全く落ち着いていない。どころか、違うベクトルで心拍数が上がっている。


「そ、そうか。よかった」


 返事をすることで精一杯だ。


 そのまま少しずつ歩き始めたが――柏木さんはぴたりと止まり。怖さを紛らわせるためだろうか、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……昔ね。お父さんと来たことがあるんだ。ここ」

「……そうなのか?」

「うん。その時、私はまだ四歳だった。……四歳のか弱い女の子をお化け屋敷に連れて行くなんてーって、お母さんは言ってたけど」


 柏木さんのお父さん。

 俺はよく知らないが、ずっと昔に亡くなったことだけは聞いている。


「あの時もこうやって、お父さんに手を繋いで貰ってたなぁ……」


 そう言って。俺の手を掴む柏木さんの手が、ぎゅっと強くなる。力強く握られているのに、とてもか弱く感じて。それに応えるように、俺も握り返そうとするが――女の子の手をどんな強さで握ればいいかなんて分からず、結局現状維持に。


「怖い音がして、怖い物があって、私は怖くてたまらなくて、泣いちゃったけど。手からお父さんの温もりがあって。それで、何とかリタイアせずに。脱出することが出来たんだ」

「そう、だったのか」


「うん。…………あれ」


 右手に。ぽたりと、冷たい水が一滴落ちてくる。


「ん。水か? 雨漏り的な演出かな……」


 ……これも仕掛けだろうかと思ったが、それが違うことはすぐに分かった。じきに水滴がぽたぽたと手に落ちてくる回数が増えてきたのだ。


「あ、あれ? どうしたんだろ。そんなつもり、なかったのに。ご、ごめん」

「お、おい、大丈夫か、柏木さん! 一旦引き返すか?」


 柏木さんは、いきなり泣き始めてしまった。


「……だ、大丈夫。ごめ。ちょっと待ってね。今、止めるから」

「止めるって……ほら、ハンカチ」

「あ、うん。ありがとう」


 柏木さんは俺から受け取ったハンカチで丁寧に目元を拭う。


「どうしたんだ。やっぱり怖かったか? 悪い、早く気付けなくて」

「ち、ちが。そうじゃなくて」


 柏木さんは必死に言葉を紡ぐ。


「えっとね。ちょっと昔のことを思い出しちゃってさ。懐かしいなって思ってたら、泣けてきて。いや、泣くつもりは、なかったんだけど。ごめん、カスミ」

「謝ることじゃないだろ。一旦座るか」

「……うん」


 柏木さんはその間もずっと、俺の手を握って放さなかった。じっとりと手汗が出てきていたが、俺はそんなことより柏木さんの方が心配で。手を強く握り返すと、柏木さんの嗚咽はゆっくりと落ち着いてきた。


「……落ち着いたか?」

「うん。ありがとう、カスミ」


 仄暗い照明のもと。柏木さんの目は、それはもう真っ赤に充血していた。

 赤紫色マゼンタの瞳が、白目に浸食してきたのかと思うほどに。


「立てるか?」

「うん」


 柏木さんは俺に支えられて立つ。


「きつくなったらすぐに言ってくれ。引き返すから」

「う、うん」

「じゃあ、歩くぞ」


 再び。壁を伝い、前進する。次の目的地は使用人の部屋のようだ。


 廊下には照明――ランタンというのだろうか。全てが点灯しており、廊下を照らしている。何とも良心的だ。しかし廊下には大量に物が置かれており、あまり足元は良好とは言い難い。古時計、壁に掛けられた絵画、食器棚……。そのどれもが仕掛けのようで、おどろおどろしい。


 そして、その先には古ぼけた扉。あれが使用人の部屋……確か使用人の名前は、アルバートとか言ったか。キーパーソンの一人のようだ。


「……この先だな」


 柏木さんは黙っている。が、その息遣いから、あまり余裕のある状態ではないということが推測できる。かといって、俺も余裕があるわけではないのだが。


 真ん中まで歩いてきた。扉は、もうすぐそこだ。


「よし。あと半分だ――――」


 その時。


「はっ?」


 全ての照明が。いきなり消えたのだ。


「えっ、えっ」

「落ち着け、柏木さん。進行方向は分かる。このままゆっくり行けば――」


 次の瞬間。


 ドンッ!!


 壁に沿うように置かれていた古めかしいクローゼットが勢いよく開き。俺達の目の前に――。


『ヴぅぅうぅぅ……』


 中肉中背の男が現れた。男の顔は包帯でぐるぐる巻きにされており、使用人服と思しきそれはズタボロに引き裂かれている。


「うわっ!」

「きゃあっ」


 驚く俺と――。


 ズルッ


 盛大にこける柏木さん。


「あっ。大丈夫か、柏木さん!」

「――――お、お客様! お怪我はございませんか!? ここは足場が悪いので、お気をつけください! 立て、ますか」


 俺とほぼ同時に。使用人服の男がそんな声を上げる。


「すみません。平気です――」


 そう言って。

 柏木さんが跪いた状態から、顔を上げる。その瞬間、ランタンが一斉にパッと点灯し。端正な顔立ちの少女にも、もれなく照明が当たり――。


 そこに居たのは。


「ひっひぃぃぃぃい!」




 赤紫色マゼンタの瞳をした、吸血姫だった。




 赤く充血した目元に、銀色の長い髪。鋭い上目遣いで、男を睨み付けていた。



「きゅ、吸血姫だぁぁぁぁあぁあ!!!」



 そう叫び。一目散に逃げていく使用人服の男。


「あれ。お化け役の人、行っちゃった」

「……ぁぁ」


 呆気にとられる俺。

 思わずそんな声が漏れつつも、柏木さんの手を取り、立ち上がらせる。柏木さんの手も、びっしょりと濡れていた。全部俺の手汗だ。めちゃくちゃ恥ずかしい。


「怪我とか……ないか?」

「う、うん。平気だよ」

「そうか」


 俺達はまた、歩みを進め。外に出られたのは、開始から四十分後のことだった。

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