第48話 自己満足未満の空回り
「あ……」
俺が観覧車の待機所で待っていると。ほどなくして、柏木さんが来た。柏木さんは俺に気が付くと、目を逸らす。
「……」
その目元は、真っ赤に腫れている。
哀愁漂う佇まいもあり、俺はその様にどきりとしてしまう――も。
「と……取り敢えず、乗るか」
「……うん」
我に返り、列に並ぶ。柏木さんも、無言で俺の後ろに立ち、並んだ。
「…………」
「…………」
無言の時間が流れる。周囲は少しざわついているが。
「足元、お気を付けください」
スタッフが扉を開け。柏木さん、俺の順で乗り込んでいく。俺と柏木さんはそのまま対面して座った。
「…………」
「…………」
沈黙。
柏木さんは、ずっと俯いている。
――まずは、謝罪だ。俺の馬鹿げた行動を、こんなちっぽけな行為で赦してもらえるとは、思っていないが。何にせよ、誠心誠意をもって謝罪をしなくてはならない。
俺は、思い切って口を開く。
「まずは、謝らせてくれ。……本当に、すまなかった」
深々と頭を下げる。柏木さんが、顔を上げ。
「…………さっきは、ごめん。訳も聞かずに、逃げちゃって」
弱弱しい声で、そう言った。
「なんで柏木さんが謝るんだ。何も悪いこと……してないじゃないか」
「……でも」
柏木さんはそう言って、また俯く。
「何で。あんなこと、したの」
「……出発する前にな。哲太に、恋愛相談……というか。好きな人が出来たって、報告されたんだ。その時、俺はてっきり哲太の好きな人が、柏木さんのことだと勘違いして。それで――哲太と柏木さんが二人きりになれるように、暗躍してたんだ」
「……そう、なの?」
「ああ。本当、余計なお世話……だったよな。結局、哲太の好きな人は柏木さんじゃなかったし。柏木さんの気持ちも、全く考えてなかったし。何て言うか、一人で勘違いして行動して、周りを巻き込んで……本当に、ダサい奴だな、俺って」
自分を嘲るように。語尾を上げると、乾いた笑みが零れる。
全て、本心だ。
俺は本当に……ダサい奴だ。親友のためだとか言っておきながら。本当は、怖かったのだ。哲太が柏木さんのことを好きだという事実を、受け入れるのが。
自分の感情に蓋をするように、哲太と柏木さんをくっ付けることに専念した。そうすることが、正義だと思った。親友としての、使命だと思ったのだ。
俺はとっくに、自覚があったのかもしれない。柏木さんに対する、この感情に。
……それを認めてしまうのが、怖かった。あの時みたいに、こんな関係が壊れてしまうことが――――この上なく、恐ろしかった。
馬鹿だ。俺は。
「柏木さんを傷付けようとか、そんなつもりは全くなかった。ただ、俺が暴走しただけなんだ。本当に…………ごめん」
柏木さんは俯いたまま、口を開く。
「…………僕は。カスミに、嫌われたんじゃないかって、思って」
柏木さんはスカートを握りしめ、解き。それを繰り返しながら、言葉を紡ぐ。
「何が原因か分からなかったけど、ずっと冷たいし。避けられてるって……それで」
「…………」
俺は……柏木さんを、深く傷付けてしまった。
何より。今日という日を、台無しにしたのだ。
何が、親友だ。何が……親友としての使命だ。
全部俺の、自己満足未満の空回りじゃないか。
「俺は……柏木さんのことを嫌いになったことは、一度もない。これからもだ」
「僕のこと、嫌いになったわけじゃ……ないの?」
「そんなことない、から。あるわけ、ないだろ。だから――」
目一杯に、それを否定し。
「気が済むまで――――俺のことを殴って欲しい」
「……」
柏木さんの右手が、ゆっくりと上がったかと思えば。
パシィンッ
右頬に痛みが走り――――
「カスミっ!!」
「――わっ!?」
柏木さんが、いきなり抱き付いてきた。
「ちょ、ちょっと。柏木さ」
「ほんとにっ……よかった……。カスミに、嫌われたらっ、僕…………」
大粒の涙が、
「嫌いじゃない。大好きだ」
「うん。僕も……カスミのこと、大好き」
互いにそう言って。
直後、俺はさっきの言葉が大きな語弊を生むことに気が付く。
「――あ、ちが、違う。大好きってのは。えと、大事な友人としてっていうか」
「えっ、あ。うん。そうだよ。その、仲直りって、意味で」
柏木さんも同じだったようで安心する。しかし。俺達は抱き合ったまま、離れず。
「……次、こんなことしたら。絶交、だからね……?」
「分かってる。もう、しない」
「へへ。約束だよ」
「ああ」
柏木さんはそう言って。へへへと笑ったのだった。
◇
茜色の空。カフェの前に居た哲太の方へ、俺と柏木さんは向かう。
「どうだった、カスミ。……その様子じゃ――」
柏木さんは俺の上着の裾を指で摘まんでいる。さっきから、ずっとこの調子なのだ。観覧車を降りてから、俺達の間に会話らしい会話はない。
「一応、仲直りは出来たみたい……だな」
「ああ。ありがとう、哲太。そして、すまなかった」
「全くだぞ。んで……一哲。隠れてないで出てこい」
哲太の後ろ。ひょっこりと、巨体の影に隠れていた一哲が姿を現す。
「……お姉さん、その」
「……うん」
「出発する前に、話したとき。僕、お姉さんのことが気に食わなくて。お姉さんからカス兄を取り上げたら、どんな反応をするのか気になって、それで――」
「一哲。詳しいことはいーから」
「あ、ぅ。……ごめんなさい。まさか、こんなことになるとは、思ってなかった」
「いいよ。カスミとも、仲直り出来たから。気にしてないよ」
「……あり、がとう」
俺はふと。気になったことを、柏木さんに訊いてみることにした。
「柏木さんと一哲、なんか話してたのか?」
「あ――うん。確か……」
◆ 柏木葵視点 ◆
私は横に居る、可愛らしい顔をした男の子のことを凝視する。
見れば見るほど、女の子にしか見えないな、この子……。カスミから一哲君のことは聞いているが、まさかこれほどとは思ってなかった。
私の視線に気付いた一哲君は、じとっとした目でこちらを見る。
「……なに?」
「あ、すみません」
「僕は年下だから、別に敬語じゃなくていい」
「は、はい――じゃなくて、うん」
スマホを取り出し。操作をしながら、一哲君は続ける。
「で……なに? ひとの顔じろじろ見て」
「べ、別に大した意味はなくて。その……女の子みたいだな、って」
「はっ……?」
「なんかさ。まつ毛もぱっちりだし、目もくりくりしてるし。華奢だし」
しかめっ面になる一哲君。
「もっかい言ってみなよ。ぶってやるから」
「え! あ、ご、ごめん。そんなつもりはなかったんだ。ほ、誉め言葉のつもりで」
しまった。地雷原に足を踏み入れてしまった。どうやら一哲君は、女の子みたいだと言われると機嫌が悪くなるらしい。
「ふん」
「あ……」
一哲君は、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
次に一哲君が口を開いたのは、それから十分後。いきなり、ぽつりと一言。
「テッタに媚びても何も出ないよ」
一瞬、何のことを言われているのか分からなかった。
「へ。こ、媚びる……?」
「ファンとか何とか言ってさ。テッタの部屋にまで上がり込んで。何が目的なの? ……僕だって滅多に入れてくれないのに」
「そ、それは。あの時は、興奮してたから。べ、別に媚を売ってるわけじゃないよ。そんなことしても、私にいいことないし」
「ふーん。……ま、いいや。どーでも」
「えっと、ごめん……」
「……」
そんな気まずい雰囲気のまま、一哲君との会話は終わり。カスミと羽成君が来た。
◆ 冬城佳純視点 ◆
「な、なるほど……。そんなことがあったのか」
「その、女の子みたいって言っちゃったのは。私も申し訳ないと思ってるよ」
「……でも」
「ま。解決したことだし、もうこの話は終わりだな。柏木さんが一哲に言ったことも、一哲が柏木さんにしたことでチャラってことでいいじゃねえか」
「そ、そうだね。うん」
「あれ、敬語」
一哲が驚いた顔で、柏木さんの方を見る。
「……あれ? なんでだろ。普通に話せてる」
「おっ。柏木さんと俺の間にも、友情が芽生えたってこったな! ハッハッハッハ」
羽成哲太が豪快に笑い。波乱に満ちた今日は、これにて終わりを迎えたのだった。
◇◇◇ ◇◇◇
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