第47話 パーフェクト方向音痴


 

 ◆ 冬城佳純視点 ◆



『――席くらい、別にどこでもいいんじゃないか。今日くらい、向かい合って座ってもいいと思うけど。その方が新鮮だしな』


 哲太の隣の席に柏木さんを誘導するにしても、少し言い過ぎただろうか。さっきから柏木さんはこちらを向くことなく、淡々とサンドイッチを口に運んでいる。


 ……ううむ。気まずい雰囲気になってしまった。


「おっ、このたこ焼き、うめぇぞ。食うか、一哲!」

「……要らない。カス兄にでもあげれば?」

「食うか、カスミ!」

「いや、俺はいい。さっきので腹が膨れた」


「そ、そうか」

「柏木さんにあげたらどうだ?」

「えっ」


 急停止する哲太。しまった、キラーパスだったか……。


「……く、食うか? 柏木さ――」


 柏木さんは冷めた表情で、一言。


「要りません」


 きっぱりと言った。


「そっ……そうか」


 おずおずと差し出したたこ焼きを引っ込める哲太。


 な、なんだ。今の柏木さん、間違いなく「棘姫」のオーラを纏ってたぞ……。やっぱり、機嫌を損ねてしまったのかもしれない。後で事情を説明して、謝らないと。


 それから二十分ほど。更に気まずい時間が流れた。


 ◇


「さて。腹ごしらえも済んだし、また遊ぶぞ!」


 フードコートを出た俺達。現在の時刻は一時半だ。


「テッタ。元気だね」

「当たり前じゃねえか! 好物食って元気出ねえ人間なんか居ねえだろ!」


 ああ、そうか。哲太の好物は、確かたこ焼きだったな。昔、羽成家でたこ焼きパーティをした時も、一番多く食べてたっけか。あの時は俺の両親も一緒に居て、凄く賑やかだった記憶がある。


「カスミ! あれ乗るぞ!」

「立て続けだな……今度はなんだ?」


 哲太は、ゴーカートの近くにある大きな箱型の建物を指差し――。


「迷路だ!」


 満面の笑みで答えた。


「しょ……正気で言ってるのか、お前……」

「へへ、いいじゃねえか! もし出られなくなったら、そん時はスタッフに助けてもらえばいい!」

「呑気だな……。だけど、面白そうだ」


「だろ? チームに分かれて、タイムアタックとかしてな!」

「ああ。でも、それだと哲太と一哲が組んだらバランスがおかしくなるだろ。両方とも方向音痴だからな」


「ふむ、確かにな……んじゃ。ゴーカートの時と同じように、俺とカスミ、一哲と柏木さんでどうだ?」


 哲太のその提案に口を開いたのは、一哲。


「テッタばっかりカス兄と一緒に組むのはズルい。次は僕」


「んあ、それもそうだな! いいぞ、今回は譲ってやろう! だが一哲、カスミの足引っ張るんじゃねえぞ?」

「カス兄とテッタが組んでたら、足を引っ張るのは間違いなくテッタの方だったと思うけど」


「なに!?」

「パーフェクト方向音痴なテッタと違って、僕は行き道は得意だから」

「ぐぬぬぬぬ……。フンッ、そんなこと言ってられるのも今のうちだぞ、一哲!」

「ふっ。何とでも」


 飄々とした様子で哲太を受け流す一哲。思えば、こいつらの兄弟喧嘩はいつもこんな感じだったな。この二人は哲実さん相手だと歯が立たないが。


 ◇


 意気揚々と迷路に向かう哲太の後ろに、俺と一哲。柏木さんは後ろを歩いている。


 一哲が俺の服の裾をちょいちょいと引っ張り、耳打ちしてくる。


「これでよかったんだよね」

「ああ。ナイスだ、一哲」


 本当に、一哲は頼りになる奴だ。昔は引っ込み思案で、哲太の意見が絶対! って感じだったのにな。こういうところを見ると、やっぱり一哲も成長したんだなと感心する。まあ、背の方はあれだけど……。そこは哲太と同じように、高校に上がったタイミングでぐいーっと伸びるのかもしれない。背の高い一哲の想像がつかないが。


「ここだ!」


 四角い建物の前で、哲太が立ち止まる。建物は横に長く、入り口の上部に「labyrinth of lapis lazuli」と書かれた看板。


「ラビリンス・オブ・ラピスラズリ……」

「ここはつい最近出来たアトラクションなんだぞ! この前来た時は改装中だったからな!」

「へぇ……さっきから思っていたけど、お前ってここに凄く詳しいよな」

「へへっ、まあな。小さい頃から来てるんで、熟知してると言っても過言じゃねえ」


 どうやらこの迷路は、ホラー要素はないが非常に高難易度らしい。謎解き要素は控えめで、純粋に迷路を楽しみたい人におすすめなアトラクションのようだ。


「じゃあ、早速入るか。順番はどうする?」

「俺は譲ってもいいが……ここは公平に、ジャンケンで勝負といこうじゃねえか」


 そう言って、拳を差し出してくる哲太。


「分かった」

「いくぞ。じゃんけん、ほい――っ! 勝ったぞ!」

「んじゃ、哲太達が先だな」

「へへ、お先だな! んじゃ……行くか、柏木さん」


「はい」


 しばらくして。二人は、迷路の中に入って行った――。



 ◇



 それからも俺と一哲は、哲太と柏木さんを二人きりにすることに専念した。


 空中ブランコ、フリーフォール、ジェットコースター……。


 なるべく俺は一哲と共に行動するようにし、背後から哲太と柏木さんの動向を確認した。


 だが。いつまで経っても柏木さんの方に踏み込もうとしない哲太に、俺は内心じれったい気持ちでいっぱいだった。二人きりの状態でも、全く哲太の方からそういう話をしないのだ。すると言えば、碧獣の話、もしくは俺の話だ。


 最初は碧獣の話で盛り上がっていたが、途中からそれも無くなり。

 二人には、気まずい時間が流れていた。


 そして、ついに。

 俺は、最大の過ちを犯してしまった。


 夕方。と言っても、五時くらいだろうか。


「ねえ、カスミ。あれに乗ってみよ――」


 哲太と一哲がトイレに行っている間。ここぞとばかりに俺を誘う柏木さんに。



「哲太と行けばいいだろ。なんで俺なんだ」

「……っ!」



 それまでの焦りもあり、俺はそんな無神経なことを言い放ってしまったのだ。柏木さんの気持ちを、全く考えずに、だ。


 そんなことを言って、すぐに。俺は自分の発言に気付き。謝罪しようとする。


「あ……わ、悪――」



「カスミ。今日、私のこと。ずっと避けてるよね」



 痛いところを突かれる。


「え、あ。それは」

「僕、何か……したかな。カスミを怒らせたつもりは、なかったんだけど」


 柏木さんの目に、涙が溜まっていく。


「……今日、ずっと。僕……」


 それを両手で擦り、しかし。依然として、柏木さんの目から涙が止まることはない。赤紫色マゼンタの瞳に涙がとけ、それが頬を伝っていく。


「ほ、本当にごめん。柏木さんを傷付けるつもりは、全くなくて」

「じゃあ。何で一哲君とばっかり仲良くしてさ……。僕のこと、放っておくんだよ」

「そ、それは。哲太のためで」

「何で……哲太君が出てくるんだよ。かんけい、ないよね」


「えと、それは……」


 俺は何も言えなくなって、口ごもる。思えば俺は。


「ちょっと……だめ、かも」

「あ――」


 柏木さんは、そう言って走り去ってしまった。


「……っ」


 自分の愚かさを悔いる時間は、俺には残されていなかった。


「何してんだ」


 背後から。哲太の声がする。その横に居る一哲は頭を抱え、申し訳なさそうに俺の方を見ていた。


「哲太……」


「カスミとサシで話してえ。わりいが一哲、そこに居てくれ」

「あ、うん……」


 哲太が俺の方へ向かってくる。


「あそこにテーブルがある。そこで話すぞ」

「あ、ああ……」


 哲太と俺は、カフェの屋外にあるテーブルまで移動する。


「……柏木さんから聞いてたんだ。迷路の時にな。もしかしたら、カスミに避けられてるかも知れないってな」

「そう、なのか」

「実際。避けてたのか?」


「避けてた、って言い方は少し違うというか。哲太が柏木さんと二人きりになれるように暗躍してたっていうか、だな」


 俺がそう言うと。哲太はきょとんとした顔になる。


「……なんでンなことしてんだ?」

「はっ?」


「俺が、柏木さんと二人きり? なんでだ?」


 頭が混乱する。


「え、だって。哲太、お前言ってたじゃないか。柏木さんのことが好きだって」

「……そんなこと言ってないぞ、俺」

「え? 出発前に俺に相談してたじゃないか」


 哲太は頭を抱える。


「誤解しちまってるようだが、別に柏木さんのことが好きな訳じゃじゃねえぞ、俺」

「……え?」

「この際だから言っておくが、俺が好きなのは金田一撫子きんだいちなでこさんだ。お前の高校のな」


 目が点になる。


 金田一撫子と言ったら、常に学年二位の座に居る人だ。品行方正の優等生、長い黒髪に銀縁メガネが清楚で知的な印象を与える、一年一組の女子生徒。

 確かに、男子からは結構評判のいい人だったと思う。哲太の発言から、柏木さんのことだとも受け取ることが出来るが……。


「じゃ、じゃあ、あの。クールで頭がよくて、ロングの髪が似合う、かっこいい人って言うのは」

「柏木さんのことじゃねえ」

「……っ」


 頭を抱える。どうやら俺は重大な勘違いをしていたようだ。


「悪い、哲太。俺、ずっとお前が柏木さんのこと好きなんだと思って。それで……」

「事実確認もロクにせずに、俺達の世話ばっかやってたってことか」


「……本当に悪かった」


「はぁ……カスミ。確かに、今日のお前は様子が変だったぞ。回りくどい方ばっか取ってたっつーか。結果、柏木さんを泣かせちまったと」

「俺、最低なことした、よな」


「……俺の方はともかくな。柏木さんの気持ちを全く考えてなかっただろ」

「ああ。それが……最善だと思ってた」


「カスミ。俺はダメージが少ねえが、柏木さんの方は相当つらかったと思うぞ」

「……ああ」

「親友に避けられるなんて、俺だったら耐えられねえ。きっと柏木さんの立場だったら、俺もああなったはずだ」


「……返す言葉もない。すまなかった」

「俺の方はいいから。取り敢えず、柏木さんともっかい会って。話してこい」


 そう言って。哲太はLANEの画面を見せてくる。


『カスミが話したいことがあるらしいから、柏木さんさえよければ観覧車の前に来てくれ』

『分かった。行くよ。』


 返信は、送ってから三分後に来ていた。


「なんで、観覧車なんだ」

「二人きりで話すんだ。その方がいーだろ」

「あ、ああ。そうだな。助かる」

「さっさと行って、仲直りして来い。俺にとっちゃ、大事な親友と弟子だからな」


「で、弟子?」

「ま、いーから。行ってこい」

「……ああ」


 俺は、観覧車へと向かった。


 ◇◇◇ ◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る