第46話 そんなことして何になんの
◆ 冬城佳純視点 ◆
柏木さんと一哲が、ゴーカートの入り口を抜け。俺達の居る方まで帰ってくる。
「ん、来たな!」
「どうだった、一哲。ドライブは楽しかったか?」
一哲はくいっとメロンソーダを飲みながら、一言。
「まあまあ」
「そうか。柏木さんは?」
「……楽しかったです。凄く」
「そうか。それならよかった」
三歩進んで二歩下がる、と言ったところだろうか。少しずつ哲太と柏木さんを近づけることには成功しているものの、これといった決め手がない。
と。哲太が時計塔を見る。短い針は十二を指している。お昼時だ。
「ってか、もうこんな時間か……はしゃぎすぎて忘れてたぞ」
「腹も減ってきたし、そろそろ昼飯にするか?」
「おお、良いな。一哲と柏木さんもどうだ? 腹は減ってるか?」
哲太の呼びかけに、最初に応じたのは一哲。
「ん。……んー、まあまあかな。テッタとカス兄がお腹空いたなら、僕も食べるよ」
「そうか。じゃ、今から行っても大丈夫そーだな。柏木さんはどうだ?」
「私も、今食べます」
「うし、じゃあ決まりだな――――悪い、先にトイレ行って来ていいか?」
「お、おう」
哲太は急ぎ足で、付近を歩き回る。
「あ……あいつ、まさかトイレの場所が分からないんじゃ」
「……あの感じだと、多分そう」
一哲による残酷な肯定。
「わ、私が案内しましょうか。……その、丁度私も行きたいなって思ってたので」
「お、良いのか? それなら、俺と一哲は手ごろな飲食店でも探すか」
「うん。あっちに……確かフードコートがあったはずだから」
「分かりました。後で……合流し、よっか」
「ああ。悪いな」
俺がそう言うと、柏木さんは哲太の方へ駆けて行ってしまった。
「……これは、柏木さんの方も気があるって考えて……良いのか」
「知らない。でもどうだろ、もしかしたら――――かも」
「そうか。ああ、それは何よりだ」
自分で言ってて頭がクラクラしてくる。きっとこれは立ち眩みだろう。
「じゃ、じゃあ。俺達も行くか」
「うん」
俺と一哲は並んで歩き、フードコートに辿り着いた。
◇
「んー。おいひい」
スプーンでオムライスをすくい、ぱくっと一口。一哲は可愛らしい表情を浮かべながら、次々と口へ運んでいく。見てくれだけは美少女――じゃなかった、美少年なのに、見ていて可愛いと思ってしまう自分が悔しい。
「一哲……少しは自重というか、遠慮というものをしたらどうだ」
一哲の目の前に置かれた、洋食の数々。オムライス、ナポリタン、デミグラスハンバーグ……。俺の財布の温度がどんどん下がっていく。夏だから涼しくなるじゃんとかいう洒落を言えなくなるくらいには。
「ん、なんふぁいっふぁ?」
一哲は口いっぱいにものを含んだまま、無理やり喋ろうとする。
そのせいで、小さな顔がハムスターのように膨れ上がった。
「はぁ。お前、ほんとによく食うよな。昼は毎回カップラーメンとか言ってたけど、それじゃ全然足りなかったんじゃないか?」
「アレンジして食べてた。ご飯とか豆腐とかもやしでカサ増ししたりして。最近はカレー味のカップ麺にモッツァレラチーズのっけて食べてる。哲姉に怒られるけど」
「へぇ……」
対する俺の方は、カレーライスだ。これと言って特徴のない、代わり映えしないものである。本当は親子丼が食べたかった、というのが本音だが……。
いかんせん、このフードコートには丼ものを扱う店がなかったので、渋々といった感じでカレーライスを注文したのだ。そして、流石にここに来て親子丼を食べるのは、何だか面白味に欠けるな、というのも二割ほど。
◇
カレーライスを一足先に平らげた俺はトレーを返却。また着席し、スマホを確認する。先ほど送っていた「一哲と先に飯にする」というメッセージに、哲太からは「もうすぐ着くぞ、多分」と返ってきていた。多分、ってなんだ。
「哲太と柏木さん、もうすぐ来るらしいぞ」
一哲の方は、まだまだ食べ終わっていないようだ。まあ、結構なボリュームの物を三品も注文したんだから、当たり前と言えば当たり前か。
「ふーん。……このナポリタン、新商品に味がそっくりだけど。もしかして味付けパクってんのかな」
ぶつぶつと独り言が多い奴だ。
「改めて思うけど、お前があのロキっていうのが未だに信じられないな」
「なんで?」
「いや、なんでって……。口調も雰囲気も全然違うし」
最初にロキと出会った時、あの口調の粗暴さに驚いた。まあ、強者の風格というやつなのかもしれないが。
「ゲームしてるとつい熱中して、口悪くなるんだよね。僕」
「一人称が「オレサマ」だしな」
「……あっ。それはちょっと、恥ずかしいから……」
急に恥じらいだす一哲。
「ここはオレサマの狩り場なんだから、とっとと出て行けよなァ! ってな」
「や、やめて! それ以上は」
「あっはは、悪い悪い」
ナポリタンをくるくるとフォークで絡めとる手を止め。
むっとした表情のまま、一哲は続ける。
「それに……」
フォークがカトラリーに当たり。カチンと音が鳴る。
「ゲームの中だと、僕のことを女の子みたいだなんて言ってくる奴も居ないし。年で舐められることもないし。講釈垂れてくる奴も居ないし。理想の自分で居られるし」
「ま、まあ。分からないでもないけど」
「カス兄なら分かってくれるよね。僕の気持ち」
俺も。自分の名前のせいで、よく難儀していた。いや、している、だろうか。
「まあな」
「あれ……。でも、カス兄のゲームでの名前、本名そのままだったよね。なんで?」
「ああ。あれか」
思えば、最初にkasumi1012になったのは、いつだったか。父親にパソコンを買ってもらって、たまたま目に入ったゲームをダウンロードして……。起動すると、そこに出てきた、プレイヤーの名前入力画面。
何でも好きな名前にしていいんだと思って。それでも俺は、このコンプレックスに満ちた本名にした。小四、いや。小五だっただろうか。
「何て言うんだろうな。自分のコンプレックスを克服したかったのかもしれない。わざとコンプレックスを押し出して、慣れようと……したんじゃないか」
一哲は信じられないといった表情をする。
「……分からない。そんなことして何になんの」
「そう言われると返答に困るな……。まあでも、そのお陰かは分からないけど、今はこの名前にあんまり嫌悪感はないな」
「……ふーん」
それだけ言うと、一哲は黙る。黙々と、箸とフォークを進める。
と。俺は一哲の顎の辺りに、何かを見つける。
「一哲。口元に何付けてるんだ。弁当か?」
「えっ。付いてる?」
「ああ。――そこじゃない。そう、もっと右だ。その上。ああ、惜しい。通り過ぎた……はぁ。ちょっとこっち寄れ」
◆ 柏木葵視点 ◆
「フードコートは……ここか。柏木さんのお陰で迷わずに済んだぞ! ありがとな」
「あ、はい。こちらこそ……?」
羽成君は方向音痴だ。その証拠に、このフードコートに来るまでに、二、三回ほどはぐれそうになった。私がそのたびに連れ戻し、何とかここまで到着出来たのだ。
建物の中に入り、テーブル席を見渡す。
「ええと……どこだ、あいつら」
「……あ」
奥の方に。カスミと一哲君が、対面して座っているのが見える。
私はそっちへ向かおうとして――ぴたりと。足を、止める。
二人は楽しそうに話していて、時折カスミの方は笑っている。揶揄っているのだろうか、一哲君の方はむっとした表情をしていて。その様は――。
「……っ」
何だか。見ていて、とってももやもやする。
なんで、こんなにもやもやするのか。自分でも本当に――よく分からない。
心の中に、何かもやっとしたものが溜まっている。例えるなら、何度教えられても、その問題の内容が理解できなかった時だろうか。いや……それよりもっとだ。
使い終えて丸めたティッシュを、上手くゴミ箱にシュート出来なかった時よりも。シャーペンの芯が、三回連続で使い始めた瞬間にぽきりと折れた時よりも。
上手く言葉にできない感情が、私の中を渦巻いている。
「ん。おお、あんなとこに居たのか!」
羽成君が、二人の居る方向に向かっていく。その後を、私は慌てて追いかける。
「一哲。口元に何付けてるんだ。弁当か?」
「えっ。付いてる?」
「ああ。――そこじゃない。そう、もっと右だ。その上。ああ、惜しい。通り過ぎた……はぁ。ちょっとこっち寄れ」
カスミが。テーブルに置かれていた紙ナプキンを取り――。
「ほら」
「――んむっ!?」
一哲君の、口を拭う。心臓が、どくんと跳ねる。
「懐かしいな。昔はこうやって、周りに物を一杯付けたお前の口を拭いてたよな」
「や、やめてよ。そんな年じゃ、ないから」
一哲君が、慌てて顔を引っ込めようとする。
「はい、取れたぞ」
「ひ、人前でこーいうことしないでよ……。調子狂うから」
心臓が。哲太君と話していた時は、とくとくと一定のリズムを保っていた心臓が。
どくんどくんと、大きく拍動する。
「お、来たか」
「よう! 何食ってんだ、一哲――って、お前。これ、どーしたんだよ」
「……奢って、もらった」
「はぁ!? なにカスミにたかってんだ! そんな奴に育てた覚えはねえぞ!」
「落ち着け、哲太。これは相互利益だ」
「そっ。そーご、りえき?」
「そうだ。ま、取り敢えず座れ。あ、柏木さんはどうした?」
「すぐ後ろに居るぞ」
「お、本当だ。早くこっちに来いよ。……一哲、こっち座るか?」
「ん――あ、うん」
一哲君がすすすすとトレーを移動。席を立ち、カスミの横にちょこんと座る。
あ、そこ。私の――。
「い、一哲君」
「ん。どしたの、お姉さん」
「そこ。私の席……なんですが」
「誰が決めたの?」
もぐもぐとハンバーグを咀嚼しながら、上目遣いでそう返す一哲君。
「……っ。カスミも、なにか言って――」
「――席くらい、別にどこでもいいんじゃないか。今日くらい向かい合って座ってもいいと思うけど。その方が新鮮だしな」
「そうだな! ほら、柏木さんも座れ! あ、そう言えば――」
「……っ」
目の前に居るカスミが、いつもよりも冷たく感じた。いつものカスミではないと、そう思ってしまった。
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