第45話 早死にしてほしくない


 階段を降りてすぐ。哲太がある場所を指差す。


「次はあれ乗るぞ! カスミ!!」


 ぐねぐねと曲がりくねったサーキット。二人乗りの小さな車。それが、ブロロロとエンジン音をふかしながら縦横無尽にサーキットを走り回る。ゴーカートだ。


「お。ゴーカートか、いいな」

「だろ? 前回来た時はな、コースのメンテがあって乗れなかったんだ。それが終わって、また乗れるようになったって聞いてな、結構楽しみにしてたんだぞ!」

「念願叶ったり、ってやつだな。柏木さんはどうす――」


「――乗ります」


 間髪入れず、そんな返事が返って来る。


 まあ、柏木さんは負けず嫌いなところあるからな。辺&山崎とのマリーカートでも、ラストの追い上げで辺をボコボコにしてたし。


「そ、そうか。……一哲は?」


「乗る」


 一哲はどこからか買ってきたペットボトル入りのメロンソーダをくいっと飲みながら、呟く。それを「良い物飲んでるな! チョットくれよ」と哲太に奪われそうになるのを華麗に翻し、またこくっと一口。


「分かった。んじゃ、並ぶか」

「んあ、そーだ。組み合わせはどうする?」


 哲太がそれを口にした瞬間。


「――っ」

「……!」


 俺は一哲の目配せを見逃さなかった。……だが、これについて露骨に「哲太と柏木さんが一緒に乗れば良いんじゃないか」なんて言った日には、俺が二人をくっつけようとしていることがバレてしまう。ここは一旦、カモフラージュをするために――。


「久々に。哲太と乗ってみたいな、俺は」

「えっ」


 柏木さんの驚く声。てっきり俺が、柏木さんと一緒に乗りたいと言うと思っていたのだろう。いつもなら、勿論そうするはずだ。

 だが今日の俺には、必ず遂行せねばならない任務があるのだ。


「お、良いな! 俺もカスミと一緒に乗りたいと思っていたところだ!」

「それは光栄だな。かのアスガルドの運転スキル、とくと拝見といこうじゃないか」

「へへっ、任せとけ!」

「じゃあ、柏木さんは一哲と。それでいいか?」


「……分かりました」

「頑張ろーね、


 一哲の呼びかけに――――。


「――うん」


 頬をぽりぽりと掻きながら、笑う柏木さん。あれ、柏木さんってこんな笑い方出来たのか。普段なら、俺以外にこんな表情を見せることはない。

 違和感を感じつつ、柏木さんも楽しめていることに安堵もする。それもこれも――アスガルド……哲太のお陰だろう。本当に感謝しないとな。


 そうこうしているうちに。順番が回ってきた。


 ◇


 このカートには安全バーが付いているから、安心して運転することが出来る。

 ちなみに、二人乗りゴーカートのアクセル、ブレーキは片方にしかついていない。よって、運転するのは哲太だ。


「うし、んじゃ。出発進行だ!」

「このサーキットは一直線だから、哲太でも迷わないな」

ちげえねえ! ハッハッハッ!」


 そう言いつつ、哲太はアクセルを踏む。


「うお。進み始めたぞ」

「速度は……自転車と同じくらいか。時速二十キロってところか……」

「ま、子供も乗るからな! あんまスピード出ちまうとアブねえしな」

「だな」


 そのままゆっくりと、カートはコースの中間へと差し掛かる。


「お、上手いじゃないか。さっきのカーブ」

「へへ。だろ?」


 哲太は得意げだ。


「高校を卒業して免許を取ったら、カスミとドライブとか行きてえな!」

「お、悪くないな。その時は、俺の友達も連れて来ていいか?」

「勿論だ! カスミの友達なら、俺も大歓迎だからな!」


 きっとその頃には、哲太と柏木さんは付き合って何年か経っているのだろうか。もしかしたら、すぐに結婚もしてしまうのかもしれない――いや、それは気が早いな。


 そうか。


 哲太は、柏木さんのことが好きなのか。


 ああ、応援しないとな。


 応援……してやらないとな。


「ん。どうした、カスミ? なんか顔がくれえぞ」

「気のせいだろ。俺はいつもこんな顔だ」

「そうかぁ? ……でも、何かお前、やっぱり顔色悪くなったよな。ちゃんとメシとか食ってんのか?」


「飯? ……ああ、最近はずっとカップラーメンだな」

「ま、マジ、か……あのな、カスミ。カップラは確かに美味いが、それだけだと栄養が偏るんだぞ! きちんと三食、栄養のある物を取ったほうが良いんだぞ」

「分かってる。それは分かってるんだ。だけど……俺、自炊出来なくてな」


 俺がそう言うと。


「で、出来ねえのか!? 一人暮らしなのに!?」


 哲太がいきなり、素っ頓狂な声を上げる。何もそこまで驚くことはないだろうに。まあ、確かに。自炊が出来るということは、最低限生活力として必要な要素だ。それは分かっている。しかし、意識にモチベーションと能力が追い付かないのだ。


「恥ずかしながら、な……たまに母さんが来て、夕食とかを作ってくれるけど……。逆に言えば、それ以外はほぼカップ麺、よくてコンビニのおにぎりとか弁当だ」

「それじゃダメだ! いつまでも自堕落な食生活してたら、将来ロクな病気にかからないんだ! がんになっちまうぞ」


「それは、極論過ぎる気がするけど……」

「いいや。至極まっとうな話だ。カップラとかコンビニ飯ばかりの、脂質と糖質タップリのそういう偏った食生活が、糖尿病とか高血圧になる元になるんだからな! 今は運よく回避出来てるかも知れねえが、年をとってからだと話は別だぞ!」


 哲太は早口でまくしたてる。


「お前、詳しいんだな……」

「へへっ。体を作る時にな、色々勉強したんだ! それに、親友には早死にしてほしくないからな!」



 親友。柏木さんの顔が浮かぶ。



「……そうだな。今度から、なるべく気を付ける」

「おう!」


 哲太は満面の笑みで、運転を続けた。



 ◆ 柏木葵視点 ◆



 カスミ達のカートの後ろ。私は、一哲君と同じカートに乗っている。


「楽しそうだね、前の二人」

「……うん」


 一哲君に話しかけられても、私はそう答えることしか出来ない。


 私は、カスミと乗りたかった。


 でも、哲太君のあんな顔を見てしまったら。それを妨害してまでカスミと一緒に乗るのが、親友としてやってはいけないことだと思ってしまったのだ。


 別に。私はいつでも、カスミと遊ぶことが出来る。同じ高校で、予定もほとんど合うから。でも、哲太君は違う。カスミとは別々の高校に通っていて、部活もやっているらしい。だから、予定が合わない日も多い。そんな中遊ぶことが出来たのは、奇跡的とも言えるだろう。……千乃ちゃんと辺君には、申し訳ないけど。


 だから、カスミと哲太君が遊べる貴重な機会を、私が奪うわけにはいかない。だから、私の感情を取り繕ってでも――カスミを優先する必要があるのだ。


 そんなことを思っていると。

 横でメロンソーダを片手にスマホを弄っていた一哲君が、いきなり声を上げる。


「お姉さん。軸からちょっとズレてる。そのままだと縁石に突っ込むよ」


 指摘され、はっと気が付く。ハンドルを握る手が、震えているのだ。


「……あっ。ごめん」

「しっかりしてよね」

「……う、うん」


 前に居る二人は、楽しそうに会話している。どんな話をしているのだろうか。学校はどんな感じなのかとか、部活の調子はどうだとか。友達は出来たのかとか、そんな話題だろうか。……男の子だから、その……そういう話題も、あるんだろうか。


 ……いやいや。哲太君の方は分からないけど、カスミに限ってそんな話はしない。ネナベをしていた私との会話でも、そういう発言は全く無かったのだから。


 そうこうしているうちに。ゴール地点へと到着してしまった。


「お疲れさまでしたー。車はこちらに、お客様はこちらにお降りください」


 スタッフの方に促され。

 私達は立ち上がり、カスミ達の待つゴーカートの入り口へと向かった。


 ◇◇◇ ◇◇◇

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