第44話 カトラリーツアー
◆ 冬城佳純視点 ◆
ゆっくりとコーヒーカップの回転が鈍くなり、止まる。次の瞬間、操作盤の前に立っていたスタッフの声が響く。
「カトラリーツアー、これにて終了となります~。カップが完全に停止してからお降りください」
◇
コーヒーカップから降りた俺と一哲。
柏木さん達と合流する為、Hiscodeにてメッセージを送る。
〈kasumi1012 :今どこに居るんだ?〉
程なくして、一件返信が来る。
〈Sob_A221 :カフェに居るよ。〉
〈Sob_A221 :もうすぐ出る。〉
〈kasumi1012 :そうか〉
〈Sob_A221 :どこに行けばいい?〉
ちょうど。俺と一哲は、時計塔の付近に居る。
〈kasumi1012 :時計塔分かるか?〉
〈Sob_A221 :分かるよ。〉
〈kasumi1012 :じゃあそこに集合でいいか〉
〈Sob_A221 :分かった。〉
サムズアップをしている、熊トリスのスタンプが送られる。
「カス兄。哲太達の居場所分かった?」
「ああ。カフェに居たらしい」
「そ」
素っ気ない態度のまま、一哲はスマホを弄り始める。ううん、こいつとの会話はいかんせん長続きしない。
古くからの付き合いだから気まずいとかはないのだが、やっぱりこの沈黙には思うところがあるのだ。
「一哲。腹空いてるか?」
「ん……普通かな」
「そ、そうか。……柏木さん達と合流したら、何か食べに行きたいと思っているんだけどな。一哲は何か希望はあるか?」
一哲はポケットにスマホをしまい、じとっとこちらを見る。
「フードコートに行けば、一通りあるでしょ。……カス兄、無理に話題を作ろうとしないでいいよ」
「そ、そういう訳じゃ――」
次の瞬間。
「おーい、カスミ! こっちだ!」
野太い声が聞こえてきた。声の方を見ると、筋肉ダルマと銀髪の少女の姿が見える。哲太と柏木さんだ。
「お、来たか。哲太に柏木さん」
「おう! いやあ、柏木さんが居て良かったぞ! きっと、俺一人じゃ迷子になってただろうからな!」
ちなみに、カフェと時計塔の距離は百メートルほどである。遊園地内の地図を持った状態、更にこの距離で迷子になるなんて、やっぱり羽成家の血は争えないと言ったところだろうか。
「それはそうと……さっきはどこに行ってたんだ?」
「ああ、コーヒーカップに乗ってたんだ。一哲と雑談しながらな」
「ほ~、そうか。コーヒーカップか……提案したのはどっちだ?」
「一哲だ」
俺がそう言うと、哲太はニンマリとした顔になり――ある一点を指差す。
「じゃあ……今度はあれ乗るぞ! カスミ!」
その方向にあったのは、バイキング。海賊船を模したアトラクションだ。
「あれ……ああ、バイキングか。一哲、乗るか?」
すぐ横に立っていた一哲に向かって一言。一哲は少しだけ考えてから、渋々と言った様子で返事をした。
「ん…………うん。乗る」
「そうか。柏木さんはどうす――」
「――乗ります」
食い気味にそう返事をしてくる柏木さん。目が怖い。
「わ、分かった」
「んじゃ、早速行くか!」
意気揚々とそう言い、哲太はバイキングの方へ向かって行く。その後ろを、ちょこちょこと一哲が付いて行った。
「俺達も行くか」
「う、うん」
先ほどの一件があったからか、俺と柏木さんは妙にギクシャクとしている。明らかに気まずい。未だに、手のひらには柏木さんの手の感触が残っている。
「そ、そうだ。柏木さん、カフェに居たんだろ? 哲太と何か話したのか?」
「あ、うん。色々話したよ」
「どうだったんだ? 生で見るアスガルド隊長は」
俺がそう言った瞬間。柏木さんは頬をぽりぽりと掻き、
「楽しかったよ。……うん。やっぱり、憧れのアスガルドのイメージ通りだったよ~。哲太君の話、凄い面白かったんだ」
「……そうか」
柏木さんは楽しそうに見える。表情筋があまり動かないのはいつものことだろうが、心なしか頬は緩んでいた。
そして、いつの間にか――柏木さんは哲太のことを「羽成君」ではなく、「哲太君」と呼んでいた。
「……っ」
ああ、大丈夫だ。哲太なら、柏木さんを幸せに出来るだろう。柏木さんと哲太は、きっとそういう仲になったとしても、仲良くやっていけるはずだ。
俺は心の中でそう言い聞かせながら、柏木さんと共にバイキングに向かった。
◇
バイキングに乗り込む為、俺達は階段を上がる。その間、かなりの人混みがあった。休日だからだろうか、バイキングに続く階段は結構な混みようを見せていた。
順番がやって来て俺達が乗り込む頃には、後ろの方の列に辛うじて俺達四人が乗ることが出来るスペースが確保された状態だった。
「知ってるか、カスミ。一番後ろが一番怖いらしいぞ」
「ああ、何かのテレビ番組で見たことあるな。真ん中はそこまで怖くなくて、先頭と最後尾はスピードと重力が掛かってスリルがあるんだったか」
「そういうこった。つまり、今日はめちゃくちゃ怖いってことだな!」
「楽しそうに言うことか……」
だが、俺達には選択権はない。
「カスミ。先どうぞ」
「ん、いいのか? ……じゃ、お言葉に甘えて……よいしょっと」
そのすぐ後ろを、柏木さんが乗り込もうとして――。
「よっと」
「あっ」
一哲がちょこんと。俺の横に座った。
「ちょ、ちょっと。一哲君」
「べー」
あっかんべーをする一哲。
「い、一哲」
ツンとした態度で、一哲は俺の横でふんぞり返る。……まあ、良しとしよう。これも、哲太の恋のためだ。俺の横に柏木さんが座るより、その方が断然いい。
柏木さんはむむむと頬を膨らませつつも、渋々一哲の横に。乗り口側の最後のスペースを、哲太が乗るかたちとなった。
しばらくして。プルルルルという音と共に。
「では、海賊船ストレングスで駆ける空の旅へ、しゅっぱ~つ!」
そんなアナウンスが流れる。直後、ぐわあんという感覚と共に、ゆっくりと船体の後ろが持ち上がっていく。
「おっ。始まったみたいだぞ!」
哲太が嬉しそうな声を上げる。地面がどんどん、遠くへ離れて……。と、だめだ。こういう時はあまり地面を見ちゃいけないんだったか。それにしても。
「結構高くまで上がるんだな、これ」
「ああ。ここのバイキングは日本一とまでは行かねえが、国内でも結構な高さでな! バイキング愛好家はこぞって遊びに来てるんだぞ!」
「へぇ……バイキング愛好家」
そんな人達が居るのか。まあ、ジェットコースター愛好家が居るんだから、バイキング愛好家も居て当たり前と言えば当たり前か。
「カス兄……ちょっと、怖いかも」
「一哲、平気か? お前、絶叫系とか乗ったことないだろ」
「うん。……腕、掴まってていい?」
一哲は幾分か、顔色も悪そうだ。全く、小心者の癖に無茶をするから……。
「ああ」
「ありがとう」
一哲はそう言って、俺の腕をぎゅっと掴んだ。
◆ 柏木葵視点 ◆
カスミにしがみつく一哲君を見ていると、本当にもやもやする。なんでこんな気分になるのか、私には全く見当がつかない。
と、次の瞬間――――船体は、ものすごい速度で急降下を始めた。
『うわああああああああああああああっ!』
『きゃああああああああああああああっ!』
叫び声があちこちから聞こえる。カスミも少しだけ叫び――一哲君は、相変わらずカスミの腕を掴んでいる。叫び声をあげる様子もない。
私は自分が絶叫系アトラクションに乗っていることすらも忘れ、二人を注視することに夢中になっていた。
そのまま船体はぐわんぐわんと前後に揺れる。そのたびに悲鳴が聞こえる。
と、優しい声が聞こえる。カスミだ。
「一哲」
「な、なに……」
顔色の悪い一哲君に向け、カスミは続ける。
「こういう時はな。目は瞑らない方がいいんだ。声も出したほうがいい」
「そう、なの? ……っ」
「ああ。落下する前に先に声を出しておくんだ。恐怖心が追い付く前にな」
「……分かった。やってみる」
また、船体が持ち上がり――。
「――――あああああああああああ!!」
一哲君が。それまで聞いたことがないような絶叫を上げる。
それを聞いた哲太君が。嬉しそうに叫ぶ。
「おっ! いいぞ、一哲! もっと叫べ!! あっはっはっはっはっ!!」
「――――あああああ!!」
「ははは。どうだ、怖くなくなってきただろ?」
「うん! 楽しいね、カス兄!」
カスミにしがみついたまま、コロコロと笑う一哲君。そのたびに、胸のもやもやは勢いを増す。私の心の中を、濃霧が覆っている。
「…………」
表情筋が、仮面のように固まっているのを感じる。この三人が楽しそうにしている中、私だけ――――。
◆ 冬城佳純視点 ◆
「空の果て、スカイヴィレッジに到着~~! これにて、今回の旅は終了です」
ゆっくりと。海賊船が減速し――停止。
「お疲れさまでした! 段差がありますので、足元お気を付けください!」
そう言って。乗り込み口に居たスタッフが、安全バーをガコンと上げる。
「ぐっ――はぁ」
一哲はぐいっと伸びをする。
「どうだ。楽しかったか?」
「まぁ……それなりに」
「それなりって……随分楽しそうにしてたけどな」
「全くだ! あんなにはしゃいでる一哲を見たのは初めてだぞ! はっはっは!」
豪快に笑い、階段を降りる哲太。その後ろを、ちょこちょこと付いて行く一哲。
俺はその後を付いて行こうとして――後ろに居る柏木さんに気が付く。
「柏木さん。どうした?」
「……何でもない」
先ほどとは違い。柏木さんは、愁いを含んだ表情をしているように見えた。
◇◇◇ ◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます