第43話 凸凹コンビのような気がして

 

「はぁー……やっと出られた」


 吸血姫ラミアの館の出口だ。今何時だ……って、もうこんな時間か。どうやら俺と柏木さんは、脱出までに四十分も掛かってしまったようだ。


 吸血姫ラミアの館は、なかなかクオリティの高いお化け屋敷だった。使用人部屋に掛けられていた古ぼけた十字架を持って食堂に行き、ラミアの足跡を辿る。十字架を途中でラミアと思しき吸血鬼が現れ、十字架をかざすも――あまり効果はなく。結局、地下室にあるワインセラーで聖水を見つけたりなど……。


 吸血姫との静かな戦闘の表現が上手かったように思う。最後は、聖水の掛かった鍵で「吸血鬼の呪い」が掛かった錠前を解除し、脱出――という流れだった。

 流石にB級映画のように、ラミア本人に聖水を掛けることはなかったが……。


「ふぅ。なんかどっと疲れたね――って……あ」

「ん? ――あっ」


 そこで気がついた。柏木さんと俺は、手を繋いだままだ。


「わ、悪い。今放すから」

「う、うん」


 ぱっと。手を放す。俺の手のひらは言わずもがな、手汗でびっしょりと濡れていた。変に思われていないだろうか……。

 じっとりと湿った手を、思わず見つめてしまう。


「……」


 ぷるぷると首を振る。


 そうじゃないだろ。別に俺自身は、柏木さんに恋をしているとか、そういう訳じゃ無いんだ。親友だと頭では十分に分かっている。

 この見た目のせいで、脳が錯覚を起こしているだけなのだ。


 入り口まで戻ると、一哲がスマホをいじりながら、洋館の壁に体を預けていた。


「あ、カス兄」

「一哲……哲太は?」

「そこ」


 一哲が指を差した先は、キッチンカー。そこに居る筋骨隆々の男は、羽成哲太だ。


「何買ってるんだ、あいつ」

「焼き鳥」

「まだ午前中だぞ……もう腹が減ったのか?」


 哲太は店員から焼き鳥の串を受け取ると、ニコニコしながらこちらへ戻って来る。


「お、カスミ。やっと脱出出来たんだな」

「やっとって……お前こそ、最初の最初で逃げまくってたけど。結局、あの後どうなったんだ?」


「あぁ、あの後な。あまりに驚いたもんだから、走り回ってたら中で迷子になっちまってよ。歩き回ってやっと着いたのがバックヤードになっててな。スタッフに出して貰ったんだ」

「はぁ……どうりで会わなかった訳だ」


「歩き回ってる時も何度か驚かされて、叫び過ぎて逆に俺がお化け役みたいになっちまってな。後から来る客がビビりまくって全員帰っちまったんだよ」

「ほんとに何してんだ、お前……」


 一哲を呼ぶ時の雄たけびを連発すれば、客の恐怖は想像に難くない。お化け屋敷に先に来た客の叫び声で不安になることはあれど、その客の叫び声に恐怖するのはなかなかないだろう。


 取り敢えずは。

 誰も迷子にならなかったことを安堵する俺だった。特に、羽成兄弟だ。



 ◆ 柏木葵視点 ◆



 楽しそうに会話する二人を見て、少し嫉妬してしまう。


 あの「アスガルド」と、対等に話が出来るカスミが羨ましい、というのは半分以下だ。どちらかと言えば、羽成君の方に嫉妬している。


 二人のやり取りが、長年の付き合いの相棒のような感じがして。

 洋画のバディ物の、凸凹コンビのような気がして。


 カスミの相棒は、私なのに。……そりゃあ、さ。

 羽成君とカスミは小学校時代からの付き合いであることは、分かっているけど。


 そんなの、私だって。……カスミとは、付き合い長いのに。


「……」


 ふと。辺りを見る。ジェットコースターやメリーゴーランド、ゴーカートや空中ブランコなど……遊園地の定番のアトラクションが一気に目に入る。


 その中でも。私の目を奪ったのは、バイキングだった。海賊船の形をした、大型のブランコのことだ。お父さんと二人で遊びに来た時も、乗った記憶がある。


 カスミと一緒に乗ったら。きっと、楽しいだろうな。うん。ぜったい楽しい。


 ……よし。誘ってみよう。


「あ、あの。カ――」

「――カス兄。ちょっと付き合ってよ」


 私のそれは。意外な人物によって遮られてしまった。


 一哲君だ。


「一哲から誘ってくるなんて珍しいな」

「ちょっと。行きたいところがあるから」

「いいぞ、付き合ってやる。な」

「ありがとう、カス兄。あ、テッタは来ないでね」


「あ、おい」


 一哲君はスマホをポケットに仕舞い。すたすたと歩きだす。カスミが、慌ててその後を付いて行く。


「悪い。ちょっと一哲に付き合うから、二人も適当に遊んでてくれ。後で合流する」

「あ……」


 行って、しまった。


 呆然と立ち尽くす。後ろに居た羽成君が、頭を掻きながら言う。


「わりいな、柏木さん。一哲の奴、初めて来るもんだから浮かれてて」

「あぁ……いえ」

「ここはちと日差しが強いから、そこのカフェとかで涼もうぜ」

「あ、はい」


 羽成君はそう言って、歩き出す。私も、急いで付いて行く。


「一哲の奴、最近は生意気ばっか言うようになってなぁ……さっきも、テッタは来ないでとか言い出すしな。これが俗に言うハンコーキって奴なのか?」

「そうなん、ですか」

「おうよ。ま、すぐに治るとは思うがな! 頼んだらユニフォームだって届けてくれるしな」


 羽成君は意気揚々と、カフェ「バリス・バスコ」の戸を開けた。



 ◆ 冬城佳純視点 ◆



「で、一哲。どこに行きたいんだ」

「コーヒーカップ」

「あぁ……お前、絶叫系とか苦手そうだもんな」

「うん」


 ◇


 コーヒーカップに乗り、プルルルという音と共にカップが動き出す。


「カス兄。遊園地に行く前にテッタと何か話してたっぽいけど。忘れ物して家に入った時にちょっと会話が聞こえてきたよ」


 単刀直入。一哲はそう切り出す。


「あぁ、そうだ。一哲にまだ言ってなかったな」


 ……ここだけの話、一哲にだけは言っておくか。哲太は「哲姉には知られたくねえ」とは言っていたが、一哲に関しては特に触れていなかった。

 二人をくっつけるなら、協力者は多い方がいい。


「哲太の奴、俺に好きな子が出来たって報告してきてな……多分、柏木さんのことだと思うんだけど」

「……ふーん」

「ふーんって、驚かないのか?」

「別に」


 一哲はスマホを弄りながら、淡々と答える。酔ったりしないのか、こいつ……。


「……はぁ。正直に言うとだな。……困惑しているんだ。哲太を応援したい気持ちもあるけど、それに柏木さんを付き合わせるのはどうなんだって」

「……」

「だから、その。なんだ」


 一哲はスマホをポケットに仕舞い。


「まずはお姉さんの気持ちを確かめた方がいいよ」

「そう、だよな」

「うん」


 柏木さんの気持ち。

 哲太のことを、どう思っているのか。哲太の恋が成就するためには、必要だろう。


「でも」

「ん?」

「実際のところ、カス兄はどう思ってるの?」

「どうって?」


 一哲はため息を一つ吐き。


「……はぁ。カス兄だって、多少なりあの柏木って人に好意を抱いてるはずじゃないの? ……少なくとも、僕の目にはそう映ったけど」

「こ、好意じゃない。いや、友人として好いてるって意味ではそうだけど」

「ほんとにそれだけ? 後悔しない?」


 後悔。


 何を後悔することがある。大事な親友が幸せになるための手伝いをするだけだ。それが親友の役目だ。俺は心の底から、親友の幸せを願っている。


 ていうか一哲の奴、何でこんなに訊いてくるんだ。


「……はぁ。するわけないだろう」

「ふーん。ま、そういうのよく分かんないし。カス兄の思うようにすればいいよ」

「手伝ってくれるのか?」


「……後で何か奢って。それが報酬」

「助かる、一哲」


 こうして。一哲と俺の間で、協力関係が生まれた。



 ◆ 柏木葵視点 ◆



 席に着いた私と羽成君。数分して、ドリンクが届いた。私はメロンソーダ、羽成君はウーロン茶だ。


 羽成君はストローでウーロン茶を吸引しながら、頬杖をつく。


「あいつらが帰って来るまで暇だし……そーだ。カスミの昔話でもするか!」

「カスミの……昔?」

「おうよ!」


 カスミの、昔の話。思えば、私はカスミがどんな人間なのかは熟知していても、カスミの過去についてはあまり知らない。本人の口からは、聞いたことがない。


「昔のカスミは自分のことを「僕」って言っててな。今みたいに口調も男らしくなかったんだぞ」

「意外、ですね」

「まあな。いつからだったか……。いきなり自分のことを「俺」なんて言い出して、口調も変えるようになったな。強がってるように見えたぞ。最近の一哲みたいに」


「へ、へぇ……」


 一人称が「僕」だった頃のカスミ。見てみたいな。きっと、あどけなさの残る可愛い少年期だったに違いない。


「お、そういや。小学三年の時の運動会の写真があるんだが、見るか?」


 見るに決まっている。


「み、見ます」

「えーと……ほら、これだ」


 羽成君はスマホの画面を見せてくる。アルバムの写真だろうか。直撮りされていて端の方は少々ぼやけていたが、カスミと羽成君はきちんと写っていた。


「これが、カスミ……」

「カスミにバトンが渡った時には既に俺達のクラスはビリケツでな。こりゃもうだめだ――って思ってたら、カスミが後ろからどんどん追い上げて来て。結果的に、三位にまで登り詰めたんだぞ!」

「す、凄いですね」


 写真に写っていたのは、羽成君に肩を組まれて嫌そうな顔をする、バトンを持ったカスミ。髪型はベリーショートで、今の目元まで掛かった前髪とは大違いだ。


「随分、印象が違いますね」

「だろ? めちゃくちゃ変わったんだよなぁ、あいつ。ああ、確か小六の時だったか。思い出したぞ」

「何か、あったんですか?」


「あー……ああ。あったには、な」


 羽成君は「しまった」というような表情で、言いづらそうにストローで口を塞ぐ。


「それって、あまりよくないこと、なんですか」

「……カスミにとっては最悪だっただろうな」


 羽成君の沈痛な面持ちを見て、ずきんと胸が痛む。


「そうなん、ですか」


 羽成君の口ぶりからして、相当なことが起きたのだろう。それはカスミへの虐めだろうか。それとも、身内の不幸だろうか。はたまた――。


「ど……どんなこと、だったんですか」

「――すまん。こればっかりは柏木さんにも教えられねえ。流石にカスミが不憫だ」

「やっぱり、そうですよね。すみません」


 いずれにせよ、私は知らない。羽成君は知っていて、私は知らない。


「……わりいな、こんな辛気くせえ話になっちまって」

「い、いえ。聞けてよかった、です」


 本当は。


 もっと知りたい。カスミの身に何が起きて、それを本人はどう思っているのかを。


「んあ、そうだ。碧獣の話でもすっか!」

「そ、そうですね。碧獣の話」


 でも。

 私は、カスミの親友に過ぎない。直接カスミを見てきた訳でもない。羽成君はいい人だから、絶対に教えてくれないだろうな。

 無理に親友の身に起こったことを聞き出すことはしたくない……けど。


 私は、それが悔しかった。

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