棘姫と期末考査

第25話 ネッ友で、リア友で、親友


 ◆◇◆


 校門前。


 柏木さんと俺が並んで歩いていると、周囲がざわざわと騒がしくなってきた。


『おい。あれが噂の「棘姫」の彼氏か?』

『おれ、昨日リオンに居たの見たぞ』

『まじか!? リオンデートまでしてたのか……』

『フンッ。想像してた通りの腑抜けヅラだな』

『ぢぐじょう……脳がぁぁ』


 やはりと言うべきか、様々な生徒の注目を集めている。彼氏だのリオンデートだの、好き勝手なことを言っているようだが……。仕方ない。

 傍から見れば俺達は完全にカップルのそれ――いやいや、俺自身はそうは思っていないから別に気にする必要も無いんだ。

 それにしても……腑抜けヅラは言い過ぎなんじゃないか。流石に少しヘコむぞ。


 血涙を流す生徒。斜に構える生徒。こそこそと仲間内で情報共有をする生徒……。


「なぁ、平気なのか? あることないこと言われて」

「もう慣れた。カスミも気にしなくていいんだよ。私達はただの親友なんだから」

「あ、ああ。そうだな」


 そう。俺達はただの親友だ。それ以上でもないし、それ以下でもない。柏木さんは俺のネッ友で、リア友で、親友。ただそれだけだ。柏木さんと俺は四方八方から集中する視線を無視し、昇降口を通って下駄箱に到着する。


「あ、そうだ。千乃ちゃんと辺君も碧獣に誘うんだったよね」

「ん――ああ。確かにそんなこと言ったな。本当に良いのか?」


 昨日。俺がリオンモールのフードコートでそれを提案した時は、柏木さんは余り気乗りしなかったように見えたが。

 ま、昨日の一件もあって辺達とはだいぶ打ち解けただろうし、別に平気だろうな。


「うん。ゲーム仲間は多ければ多いほど良いからね」

「調子のいい奴だな」

「へへ。じゃあ、今日のお昼に食堂で待ってるね」

「ああ。分かった」


 柏木さんは履いていた通学用の革靴を、内履きであるスニーカーに履き替える。ちなみに、スニーカーの色によって学年が分かるようになっている。

 今年の一年生は青色。二年生は黄色で、三年生は赤色だ。新学年ごとに色を持ち上がりするので、入学時のスニーカーの色を三年間履くことになる。


 俺も靴を履き替え。柏木さんと並んで、廊下を歩き、階段を上がる。すれ違う生徒の八割は柏木さんの方に振り返り、数秒見惚れたように立ち尽くす。高嶺の花オーラ……。中の人を知っている俺でも、このオーラに何度やられそうになったことか。


 そうこうしているうちに。俺の教室、二組に到着した。


「じゃ、またね」

「ああ。頑張ってこいよ」

「カスミもね。授業中、居眠りとかしちゃだめだよ? ただでさえ寝不足なのに」

「余計なお世話だ。お前もそれに加担してるだろ」

「あはは、確かに」


 柏木さんは整った顔をくしゃりと綻ばせながら笑う。

 スピーカー越しに飽きるほど聞いた、俺の親友の笑い方で。


 柏木さんは手を小さく振って、三組の教室へと消えた――と同時に。


「おい冬城。お前、棘姫の彼氏ってマジなのか?」

「何か脅しでもしたんじゃねーの?」

「どうなんだよ、おい」


 クラスの男子三人に。質問責めにあったのだった。


 ◆◇◆


「ええと、だな」


 一旦落ち着け、俺。どこから話せばいいんだ。こいつらに事の顛末を伝えるのが正解なのか? 信じてくれるとは思えないが……。ああ、めちゃくちゃ睨まれてる。

 と、とりあえず。最初に勘違いであることを説明するべきだ。


「か、彼氏ってのは違くて」

「じゃあ何であんなに親しげに会話してたんだ?」

「そ、それは」

「正直そういうやり方はダメだと思うぞ、おれは。脅して関係を強要するなんてな」


「だから違うって。脅してなんか――」

「そういや……。柏木さん泣いてたそうだな? 横に居た女の子が慰めてたやつ」

「は、はぁ?」

「そうだ。昨日リオンモオールに居た奴が見てたらしい」


「……」


 言葉が出ない。まさかここまで曲解されていたとは。


「「「どうなんだ?」」」


 男子生徒達の追及に、俺がたじろいでいると――。


「はいはい。男の嫉妬ほど見苦しいものはないぜ? 御三方」


 三人の男の後ろに、見慣れた顔。振り向いたうちの一人が呟く。


「蓮……」

「俺もその場に居たからこそ言えることだが――まず最初に。冬城は柏木さんを脅したりなんてしていない。あれはただ単に旧友と再会した影響だ。冬城と柏木さんは数年前から面識があってな。この高校で感動の再会を果たしたってわけだぜ」


「そ……そうなのか?」


 男子生徒達は辺の話に、狐につままれたような顔で耳を傾ける。


「ああ。それに、柏木さんが泣いてたのは冬城のせいじゃない。ただの人生相談だ。俺の彼女――山崎千乃といったら分かるだろ。あいつが柏木さんの相談に乗ってただけだ。千乃のお有難いアドバイスで号泣……と。要するに、全部お前らの邪推だぜ」

「そ、そうだったのか……」


 旧友のくだりは正直脚色された感が否めないが、その方が彼らも納得しやすいだろう。それにしても人生相談か。柏木さん、山崎にそんなことしてたのか。


 男子生徒達はバツの悪そうな顔で、俺の方に向き直り。


「悪かった、冬城。俺達、妙な正義感に駆られただけだったようだ」

「本当にすまなかった」

「お、おう……」


 流石、辺パワーといったところか。男子生徒達は辺蓮という人間の口から出てくる言葉を全て信じ込んだようだ。そして。彼らは「妙な正義感」と言っていたが、背後にそれだけではない何かを見たことは内緒である。


「ほれ、散った散った」


 辺がしっしと手を振り、男子生徒達が俺の目の前から消えていく。


「……助かった、辺」

「困った時はお互い様だぜ。俺達、親友だろ?」


 辺はそう言って、俺にニコリと笑顔を向ける。


「……はぁ。そう言うことにしておく」

「おっ。冬城の親友第二号に認定されたって訳か」

「言っとくけど。俺の親友は柏木さんと――」


 そう言いかけて。俺の脳裏によぎる。


『今日は何をするんだ? また一緒に虫取りでも行くか!?』


「……っ」

「どうした、冬城」

「何でもない。ほら、さっさと席に着かないとホームルーム始まるぞ」

「んお。もうこんな時間か」


 キーンコーン カーンコーン


 俺はさっき浮かんだことを振り払い。速足で自分の席に着いた。


 ◇◇◇ ◇◇◇


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