第26話 近距離パワー型スマイル
◆◇◆
キーンコーン カーンコーン
「ぐっ……ふぅ」
俺は教科書をぱたんと閉じ、伸びをする。四時間目の数Ⅰの授業の終わりを知らせるチャイムを聞きながら。
俺は少しばかり、憂鬱だった――というのも。
「はい。では今回はここまで。そろそろ期末考査が始まるから、きちんと準備をしておくように」
『期末あるのかー、だりぃねぇ』
『はぁ……まじで分かんね。ちょっとノート見せてよ』
そう。期末考査が始まるのだ。今からおよそ二週間後。
「起立。気を付け、礼」
「「「ありがとうございましたー」」」
憂鬱になると言っても、やることは変わらない。いつも通り山を張って、蕎麦と通話しながら教科書の問題を解きなおし、分からないところは教え合う。それだけだ。
と。辺が席を立ち、近づいてくる。
「冬城。学食行くぞ」
「ああ、分かった」
辺と共に教室を出る――と、ふと気が付いた。辺が右手に持っている、藍色で無地の小さなバッグに。
「辺。その右手に持ってるのは……弁当か?」
「ん――ああ。千乃が作ってくれたんだぜ。愛妻弁当な」
「へぇ……何でまた急に」
「千乃の奴が今朝渡してくれてな――」
それから辺は、食堂に向かうまでの間、山崎が弁当を作るに至った経緯を教えてくれた。何でも、柏木さんが自分で弁当を作っていると知った山崎は「自分で作ってれーくんに渡したら喜んでくれるかも!」と思い立ったらしい。
ちなみに……山崎は自分で弁当を作ったことがない。よって、キッチンで騒音を起こし、それで起きてきた兄を巻き込んでようやく完成させたようだ。
「そうだったのか。羨ましいな」
「ん? 彼女の愛妻弁当がってことか?」
辺はニヤニヤしながら訊いてくる。
「いや、そうじゃなくてだな……誰かに弁当を作ってもらうのがってことだ」
「そういや、冬城も俺もいつも学食だしな。ま、俺は日替わりが好きだからってだけだが」
思えば俺は、誰かに弁当を作ってもらったことはない。幼稚園から中学校に掛けては給食だったというのが大きいが。遠足や校外学習があった日は、基本的に前日の残りを弁当箱に詰めて持って行っていた。勿論、自分でだ。高校生に上がってからは、自炊をする時間もする気もないので毎日学食だった、というのが現状である。
「今日は人が多くないと良いんだが――――……っ!?」
先に食堂に入った辺が絶句する。
「どうした、辺――――なっ」
人が。多い。いや、多すぎる……。
食堂の大きさはせいぜい教室二クラス分かそこらであるのに対し、この数……百人はいるだろうか。立ち食いをしている生徒も見受けられる。その視線の先には――。
「へー! 千乃ちゃんのお兄さんって、凄いんだね!」
「まぁね。でも、その時くらいからかな~。部屋に籠るようになって、一日に一回くらいしか顔を合わせなくなったの。ほんと馬鹿兄貴なんだから」
「賞金で家族に焼き肉をご馳走してくれるなんて、良いお兄さんだと思うよ。私は一人っ子だから、憧れるな~、そういうの」
満面の笑みで談笑をする、美少女二人――柏木さんと山崎千乃の姿があった。
◆◇◆
『柏木さんってあんな顔するんだ……やべえ、めっちゃ推せる』
『てか、横に居る子って二組の奴の彼女じゃね? なんで棘姫とまともに話せてんの?』
『今朝辺蓮が言ってただろ。人生相談のお陰で仲良くなったんだとよ』
『はぁ……百合展開……はぁはぁ』
二人の美少女は食堂に居る生徒ほぼ全員の注目を集めていた。そのうち何人かはスマホを取り出し、その様子を撮影したりもしていた。
辺はすかさず撮影している生徒に近づき――――。
「おーこらこら。人の彼女は見せモンじゃねえぜ。消した消した」
「ちぇっ」
辺は次々と話しかけ、注意された生徒は渋々それを消していく。何だこれは。
「あ、カスミ!」
「お、やっと来たね、れーくんとゆっきー」
「あ、ああ……」
動揺で返事が尻すぼみになってしまったが、そんなことは問題ではない。まさか、ここまで人が集まってしまうとは。柏木さん一人の時よりも断然多いじゃないか。
「ほら。ここ空いてるよ? ――あ、そっか。まずは食券買わないとね」
柏木さんはよいしょと立ち上がり――。
「一緒に買いに行こう?」
「ぬぐっ」
破壊力Aの近距離パワー型スマイルを、俺に向けてきた。
思わず顔が熱くなる。ダメだ。このまま柏木さんを見ていると本当に――。
俺は思わず目を逸らすも、それを見ていた大勢の観衆と目が合う。
『なんだアイツはっ……! あんな至近距離で棘姫と会話出来ているなんて』
『羨ま――けしからん奴だ……』
『頼むからそこを変わってくれ』
『ぐぬぬぅ……毎日LANEを送っている僕を差し置いてっ……』
食堂内は阿鼻叫喚である。対する女性陣は。
『猫被り過ぎでしょ。何あれ、ウッザ』
『柏木さん、可愛過ぎ……ずっと見てたい』
『男違うだけであんなに態度変わるの?』
『私の好きな人、あの子のこと好きなんだよね……はぁ。あれは勝てないよ』
羨望、嫉妬の眼差しを向ける者。格の違いを見せつけられたと嘆く者に、忌み嫌う者……。個々の柏木さんに対する評価に差があるものの、ここに居るほぼ全員が柏木さんに注目しているのは間違いない。
「ん? どうしたの」
「べ、別に。は、早く並ぶぞ。食券が売り切れる」
「うん!」
いつになくご機嫌だ。
山崎と話していたからだろうが、さっきから本当に心臓に悪い。ちなみに、山崎と親しげに話す柏木さんを見て、少しだけ寂しい気分になったのは内緒である。
◆◇◆
「それで、さっきは何を話してたんだ?」
出来上がった親子丼をテーブルまで持ち帰り、柏木さんの隣に座る。柏木さんと山崎は四人掛けのテーブルに向かい合って座っていたので、辺が山崎の隣だ。
ちなみに……辺は今、お花摘みに行っている。少し時間が掛かるかもとのことだ。
「千乃ちゃんのお兄さんの話してたんだ」
「山崎のお兄さんって……ああ、あのポケットからゴキ――」
山崎が慌ててテーブルから身を乗り出して俺の口をふさぐ。
「ゆ、ゆっきー! いまは食事中だから!」
「――ぷはっ……わ、悪い。山崎のお兄さんのイメージがそれしかなくて」
柏木さんはきょとんとした顔で、俺の方を見つめる。
「ごき……?」
「あおりんも! 世の中には知らなくていいこともあるから! どうぞ、続けて!」
「う、うん。千乃ちゃんのお兄さんが碧獣のプレイヤーだってことは、カスミも知ってるよね」
「ああ。昨日山崎がちらっと話してたな」
「そのお兄さん、碧獣のトップランカーでね。あの国内で一番規模が大きい
「優勝って……。「STAMPEDE」って言ったら、日本だけじゃなくて海外枠もある猛者揃いの大会だろ? 本当に勝ったのか?」
山崎をじとりと見る。
「STAMPEDE」という名前を知らない碧獣プレイヤーは居ないだろう。プレイヤー同士が己のプレイヤースキルのみで王座を奪い合う国内最大級のeスポーツ大会だ。
大会では個人枠と団体枠、つまりはソロ戦とギルド戦があり、個人枠では予選を勝ち抜いた十人のプレイヤーによるバトルロワイアルが行われ、団体枠では、ギルド同士がレイドダンジョンを攻略するタイムを競うタイムアタック型式で勝敗が決まる。
どうしても、俄かには信じがたい話だ。
海外勢も参加する、まさに魔境と言える大会を制するとは……。
「本当だってば! 見てよ、この写真!」
山崎はずいっとスマホの画面を見せてくる。そこには。
『STAMPEDE 2023 CONGRATULATIONS』と刻印されたクリスタルトロフィーが映っていた。その下には『SOLO CHAMPION』の刻印。名前の欄は、光の反射でよく見えない。
「本当だ……ってか、ソロで勝ったのか……!?」
「そうなんだよ! ほんとに千乃ちゃんのお兄さんって凄いんだよね!」
「化け物じみてるな……」
――と、食堂の入り口を通って、辺が帰ってくる。そして、席に着いた。
「んお。お前ら、まだ食ってなかったんだな」
「ちょっと雑談してたんだ」
「そうか。さて、千乃の愛妻弁当~っと」
辺はバッグのチャックをジジジと開き、中身を取り出す。長方形のライムグリーンの弁当箱が姿を現した。パカリと蓋を開ける。
「「「おぉ~」」」
「いただきますっと。あ~む」
中身は卵焼きやミートボール、タコさんウィンナーにブロッコリー、右半分に胡麻がふりかかった白飯とシンプルなものだった――が、注目すべきはそこではない。
「……んぐ!?」
辺の様子がおかしい。顔は見る見る青ざめ、箸で拾い上げていたミートボールがボトリと弁当箱に帰っていく。まさか、山崎のやつ塩と砂糖を……!?
「だ、だいじょぶれーくん!?」
「おい辺、平気か?」
「辺君、お水を……!」
辺は顔を手で押さえて項垂れていたが、やがて――。
「美味いなあ、千乃の弁当……」
ぼろぼろと泣き始めた。
「れーくん……!」
そして、山崎ももらい泣き。つくづく、こいつらがバカップルだと痛感する。
「な、泣くほど美味しいんだね……」
「はぁ……心配して損した。ほれ、ハンカチ」
ポケットから取り出したハンカチを、辺に手渡す。
「ありがどうな、ふゆぎぃ。ありがどうなぁ」
「さっさと拭け」
「チーンッ」
「あ、こら。鼻をかむな」
◇◇◇ ◇◇◇
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【追記】
長くなったのでいったんここで区切ります~。運よくランキング十位以内にのさばっていますが、これ以上更新頻度下げちゃうと間違いなく蹴落とされますね、これ。
さて、ショッピングモール編が終わり、いよいよ夏がやってきます。夏と言えば――そうです。期末考査です。皆さんいかがお過ごしでしょうか? 投稿時期的に、明日から期末考査があるよという方も多いのではないでしょうか?
秋宮はもちろん、何の勉強もしていません。昨日も小説を読み漁ってました。
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