男だと思っていた五年来の付き合いのネッ友とオフ会したら、隣のクラスの「棘姫」だった

第24話 ぜったいこっちのがいいよ

◆　冬城佳純視点　◆

「ふぅ……悪かったな、冬城。途中で大催しちまって」

　辺はそう言って、ハンカチを取り出して手を拭う。

「まったくだ。先に帰っとくぞって言っても「ちょっと待て」って言って引き留められるし」

「すまんすまん。ちと心細くってな。さて、そろそろ行くか」

　辺と俺は、先ほどのベンチまで戻る――と、俯いている柏木さんが目に入った。

「ど、どしたの、あおりん！？　大丈夫！？　あたし、なんか言っちゃった！？」

　山崎の大声が聞こえる。それを見た辺が、ため息を一つ吐いた。

「千乃の奴……やったな」

「やったって何を――――」

　柏木さんの方をもう一度見る。

「……っ」

　柏木さんが、泣いている。その赤紫色（マゼンタ）の瞳から、大粒の涙が滴り落ちている。

　俺は急いで柏木さんに近寄る。

「だ、大丈夫か、柏木さん！　誰が泣かせた、――まさか、山崎か？」

「ち、ちが！　いや、ちがくは、無いか。えと、ええと……」

　狼狽（うろた）える山崎。こいつは何でもかんでも口に出るから、きっと柏木さんを泣かせるようなことを言ったに違いない。

　俺が山崎に懐疑の視線を向けていると、柏木さんが口を開いた。

「……ごめん、カスミ。山崎さんは悪くないんだ。ちょっと、こみ上げてきて」

　柏木さんはポケットからハンカチを取り出し、目元を拭う。涙堂（るいどう）は色白な肌を引き立たせるように、真っ赤に染まり腫れていた。

　おろおろとする山崎に、柏木さんは続ける。

「ありがとう、山崎さん――そうだ。千乃ちゃんって、呼んでいいかな」

「ふぇ？　……あ、はい！　ぜひ！」

「……」

　驚いた。あの柏木さんが、「棘姫」が。

　俺以外の人間と普通に会話しているところを、初めて見た。

「ふふ。千乃ちゃん、これからよろしくね」

「……！」

　柏木さんはハンカチを仕舞い、山崎に微笑みかける。

　それを見た山崎は――――。

「か、可愛い……！」

「むぐっ」

　――柏木さんに、抱き付いた。

「おい、山崎。何してるんだ」

「あおりん、ぜったいこっちのがいいよ！　うん！　こっちの方があおりんって感じする！」

「そっ、そうかな？」

「うん！」

　山崎は満面の笑みで、柏木さんに抱き付いたまま言う。

「はぁ……。良かったぜ。失敗したかと思った」

「失敗？」

「千乃が柏木さんを泣かせたら、きっともう二度と話せなくなるって思ってたんだが……予想外の収穫だ。冬城効果は伊達じゃなかったようだな」

　山崎の方を見ると、まだ柏木さんに抱き付いている。

「ち、千乃ちゃん。そこは……多分。汗臭いと思うから！」

「はぁ……あおりん可愛い。やばい、どうしよ。離れらんない」

　美少女に、美少女が抱き付く。

　間違いなくそれは――――眼福の二文字がよく似合う様であった。

　◆◇◆

　翌日。

　俺はいつも通り支度を済ませ、家を出る。

　いつもの通学路に差し掛かったところで――。

「おはよ、カスミ」

　もう聞き慣れた声が、聞こえてきた。

「おはよう、柏木さん」

「あれ。カスミは私のこと、あおりんって呼んでくれないんだ」

「勘弁してくれ」

「あはは、冗談だよ」

　軽口をたたき。柏木さんは俺の横に立ち、歩き出す。

　石鹸のような、それでいてフローラルな香りが鼻腔をくすぐった。

「ふわぁ……昨日は結構遅くまで起きちゃってたね」

「そうだな。家に帰って六時半……そこから大体四時間遊んでたのか。目がしょぼしょぼする」

「あれ。もしかしてカスミ、ドライアイになっちゃった？　十秒目開けてられる？」

「ん。やってみる」

「私、数えるね。一、二、三、四……」

　柏木さんに言われ、俺は目を頑張って開こうとするも――。

　びゅーっ

「……っ！」

　向かい風が吹く。俺はたまらず――。

「五、六、七――あ、閉じた！」

「――いやいや、今のはナシだろ。向かい風がぶわって吹いてきたじゃないか」

「だめだよー言い訳は。潔く認めないと。男の子でしょ？」

「……自分だって男のフリしてたくせに」

「あはは。ごめんごめん」

　談笑と言えるかは分からないそれをしながら登校する。いつもスピーカー越しに話していた蕎麦と、現実（リアル）でも会話が出来る。それが嬉しいと、素直に俺は思っていた。

「目薬があったら良かったんだけどね～。私、あんまりドライアイとかならない体質っぽいんだ」

「へぇ、羨ましいな」

　柏木さんと話していると――男子生徒の二人組と、目が合った。

『おい。あいつ……』

『そうだ。昨日食堂で棘姫といちゃいちゃしていた奴だ』

『……許せんな』

『……許せんね』

　男子生徒が近づいて来る。ブレザーの胸元に付いたバッジを見るに……同級生だ。

「あのぅ、柏木さん」

「……どちら様でしょうか？」

　フッと。柏木さんの声色が変わる。

「あぁー、この際俺達の名前とかはどうでもよくて。ほら、柏木さんの横に居るそいつ。やめといたほうがいーですよ、学校でもほぼボッチなんで」

「ククククッ」

　男子生徒はにやにやと笑う。それを見た柏木さんは――。

「私が誰と話していようが、あなた方とは関係ないのではないでしょうか」

　冷たい声で。そう言った。

「あー、はは。そういうこと言っちゃう感じですか。後で後悔しても知りませんよ」

「ク、クククッ」

　男子生徒はそう言って、そそくさと離れて行ってしまった。

「……ふぅ。何だよ、あいつら。カスミのこと悪く言って」

「別に気にしてないぞ、俺は」

「私が気にするんだよ。カスミも言い返せばよかったのに」

「あんなのにいちいち反応してたらキリがないだろ。一種の防衛手段だ」

　柏木さんはふてぶてしい顔になっていたが――俺のそれを聞いて、しゅんとした顔になる。

「……私は、悔しいんだよ。親友をあんな風に言われて」

「…………悪かった」

「何でカスミが謝るのさ。謝るのはあいつらの方だよ」

「それは、そうだけど……」

　俺が不甲斐ないせいで。柏木さんに悔しい思いをさせてしまった。とは、心の中で思っていても、口に出すのはなかなか簡単ではなかった。

　俺はもやもやを抱えたまま、通学路を歩いた。

　◇◇◇　◇◇◇

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【追記】

　ううむ。これで良かったのだろうか。毎話書くたびにそう思ってしまいます……。

　たまに「あらすじを書き直そうか……」という気が起きるのですが、ご飯を食べてお風呂に入ったらさっぱりそのことを忘れていて、それがかれこれ一週間続き。

　今日（6/28）も結局やる気は起きませんでした。いつか必ず……！