第3話 冬城佳純の日常 ②
六時間目の授業が終わり、ホームルームの後、俺は解放された。
廊下を歩きながら、俺は放課後の予定について考えていた。
さて。今日もさっさと帰って、ゲームしよっと。みたいな感じだ。
俺は部活やら同好会やらには入っていない。いわゆる帰宅部というやつだ。
四月、先輩方の怒涛の部活勧誘ラッシュを見事に翻し、無事クラスで唯一部活に所属していないレアキャラとなった。まあ、それ自体に何か価値がある訳では無いが。
今日はダンジョンの中層から始めて、キャンプはあそこに建てて……。
そうシミュレートしながら、階段を速足でかけ降りる。
図書室の前を通り掛かったところで。
「あ……」
思い出した。今日は図書委員の当番の日だった。
腕時計を見る。三時二十九分。当番が始まる時刻の一分前だ。
い、急がないと……!
駆け足で図書室に入ると、茶髪三つ編みの小柄な女の子が目を回しながら、カウンターの長蛇の列に対応していた。同じクラスの図書委員、
「ごめん、上谷さん。当番あったの今思い出して」
上谷さんは俺に気が付くと、ずれた赤フレームのメガネを掛けなおす。
「あ、冬城くん! 良かった~。もう帰っちゃったのかと思って」
「危うく忘れて帰るところだった。悪い、そこ代わるな」
「うん、助かるよ。じゃあわたし、ちょっと棚の方整理してくるね」
「分かった」
カウンターの椅子をタンッと立ち、本を胸いっぱいに抱えて、てててっと図書室の奥まで走って行った。
その姿は、さながら小動物。餌を頬張り巣に戻っていくハムスターのようだ。
見ていると微笑ましい気分になる。
「ええっと、これがここで、この本はこっちで……」
そうぶつぶつと呟きながら忙しく動き回る上谷さんを見て、ほのぼのとした気分に――。
って、違う違う! 俺も仕事をしないと。
カウンターに座り、スキャナーを片手に仕事をこなしていく。
今日は月曜日だから、金曜日に貸出した本が一斉に返却されて、仕事が多いのだ。
危うく上谷さんに仕事を全部押し付けるところだった。申し訳ない限りである。
キーボードをタタンと操作し、慣れた手つきで貸出と返却のデータ処理をしていると、時間はあっという間に過ぎて行った。
◆
仕事を終えた俺は、上谷さんに声を掛ける。
「上谷さん。施錠は俺がしとくから、先に帰っていいぞ」
「え、そんなの悪いよ! わたし、棚ばっか整理してカウンター行けなかったし」
「大丈夫だ。今日は俺が当番忘れかけてたから、それのお詫びってことで」
机にあった鍵を拾い、荷物を持って外に出る。
上谷さんが、俺の後に続く。
「そ、そっか。ありがと、冬城くん」
「ああ。じゃ、また明日な」
「うん。またね」
上谷さんは小さく手を振って、ててててと廊下を行ってしまった。
腕時計を見る。五時一分。
「――はっ……」
しまった。今日も四時半から、蕎麦とゲームの約束してたんだった。
スマホを取り出して通知画面を確認すると、案の定。
Sob_A221から大量の通知。バナーが上から下までずらりと埋まっている。
〈Sob_A221 :もうすぐ時間だよ。〉
〈Sob_A221 :何かあった?〉
〈Sob_A221 :今ほかのプレイヤーが潜って行ってて、時間が。〉
焦り顔の熊スタンプが三件。
〈Sob_A221 :大丈夫?〉
〈Sob_A221 :おーい。〉
〈Sob_A221 :無視しないで。〉
〈Sob_A221 :。。。〉
最後の通知は、今から五分前。
ああ、蕎麦、怒ってるな……。
〈kasumi1012 :ごめん!! 図書委員の仕事があって遅くなった!!〉
急いで打ち込み、送信。
それをポケットに入れて、図書室の鍵を閉め。職員室に向かった。
◆
昇降口。
〈Sob_A221 :カスミってたまに抜けてるよね。〉
完全に忘却していた。
実に一時間半、蕎麦をダンジョン前に待機させていたことになる。
〈kasumi1012 :ほんとにごめん〉
〈kasumi1012 :今度何かで埋め合わせするから〉
〈Sob_A221 :別に良いよ。気にしてない。〉
〈Sob_A221 :そういえば、カスミって図書委員だったの?〉
〈Sob_A221 :委員会に入ってるのは知ってたけど。〉
〈kasumi1012 :ああ〉
〈kasumi1012 :当番の日は五時まで軟禁される〉
〈Sob_A221 :軟禁って笑。〉
足をばたつかせて笑う、熊のスタンプ。たしか名前は「
碧獣で蕎麦が使っている、プレイヤーの頭部にくっ付いてる熊の顔と同じものだ。
急ぎ足で、自宅であるマンションに帰り。階段を駆け上がる。
鍵を刺し、捻り、ドアを開ける。
「ただいまー」
なんて言ってみたりするのだが、特に出迎えてくれる人が居るわけでもなく。
……なんか寂しいな。ペットでも飼えば寂しさも紛れるんだろうか、なんて考えてみるも、直後にこのマンションがペット禁制であることを思い出し、肩を落とす。
俺は三月半ばから、このマンションで暮らしている。ちなみに実家は、県内ではあるが都市部から結構な距離がある田舎にあり、志望校ともかなり距離があったので、渋々といった感じで一人暮らしをすることを許可されたのだ。
それもあり、月に一度は両親のどちらかが家にやって来る。父親の場合はストックしていた菓子類を貪っていき、母親の場合は新品の調理器具を幾つか奪って帰っていくのだ。まあ、料理なんて出来ないし困ることは特にないのだが……。
「俺の家はあんたらの倉庫じゃない」とは言いつつも、両親の顔を見られるのはやっぱり嬉しかったりする。
たまに母親が持って来てくれるおかず類も、非常に助かっているのだ。
壁の照明スイッチを入れると、真っ暗なリビングが明るくなる。そこには、殺風景な男子高校生の一人暮らしの風景。特に散らかった訳でもなく、かといって何か洒落っ気のある調度品を置いてある訳でもない。
唯一母親が置き去った鉢植えのガジュマルも、この風景には落胆したはずだ。
手を洗って、俺の部屋、もとい寝室に向かう。
パソコンを起動し、また今日も「碧獣」を立ち上げた。
〈Sob_A221 :家着いた?〉
〈kasumi1012 :ああ〉
〈kasumi1012 :今から通話掛けるぞ〉
〈Sob_A221 :分かった。〉
これが俺、「
学校生活を適当に消化して、放課後、たまに図書委員の仕事して。
家に帰ったら蕎麦とゲームをして。食べ飽きたカップラーメンで栄養を摂って。
それが、俺の高校生活の全貌だった。
◇◇◇ ◇◇◇
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