第04話 このくそみたいな人生を
◆ 種崎涼真視点 ◆
僕の名前は
今年の四月から
いわゆる、どこにでもいる「モブ」な存在だ。
そんな僕には、気になっている人が居る。
よく通学路で見かける、スラっと背の高い女の子だ。ほんのり紫色に光る銀髪に、見た者に鮮烈な印象を与える、
その容姿からかは知らないが、巷では「
藍色の制服から、彼女が
……きっと僕には、一生の中で彼女と接する機会は訪れないのだろう。それは百も承知していることだ。僕みたいなモブには、クラスの隅っこがお似合いなのだ。
それなのに。
僕は彼女に恋をしてしまった。仕方が無いことだ。恋をするというのは自然の摂理で、人間に生まれてしまった以上誰しもが通るであろう、それこそ
僕は彼女のことを知らない。これから知っていけば良い。それだけのことだ。
◆◇◆
ある日の通学中。いつものように、信号を待つ彼女に見惚れていると。
一人の金髪男が、彼女に近づいていくのが見えた。よれよれの制服に、じゃらじゃらと耳やら腕やらに付けたピアスやブレスレットが、素行の悪さをうかがわせる。
「君、
おい、金髪。気安く彼女に話しかけるんじゃない! お前如きが話しかけていい相手じゃ無えんだよ!
彼女は金髪の方に一瞥をくれ、冷めた声で一言呟く。
「どちら様でしょうか」
「え、俺? 俺は
「そうですか。私は紀里高校一年の***と申しま――」
「――てか、まつ毛なっがっ! それメイクなの?」
くそ、名前を聞き逃したじゃねえか。ああ、イライラする。これだからDQNは。
金髪にイライラしていると、横断歩道の信号が青に変わる。
「……他に用が無ければ、これで失礼します」
「え、あ、ちょっと。
金髪が彼女の肩を掴む。
その瞬間。
「ッ……!」
「ひっ」
彼女は肩を掴まれた手を払いのけ、金髪を睨みつけたのだ。その剣幕に、金髪は身震いをする。そして彼女は、そのままスタスタと横断歩道を歩いて行ってしまった。
その光景を見て、ひとり愉悦に浸る僕が居た。
ざまあみろ。身の程を弁えない行動をするから、そんなことになるのだ。
金髪男が、しょぼくれた表情を浮かべてその場に立ち尽くす。実にいい気味だ。
そんな感じで、僕は彼女と適切な距離を保ちつつ、彼女のことを陰ながら見守る存在でありたいのだ。
もし彼女が悪い男に襲われそうになっていたら、僕がばっと飛び出て行って。
彼女を守って、そこから恋に――。なんて妄想が出来るのも、空気中に漂う彼女の残り香を嗅ぎながら後ろを歩く僕だけが持つ特権だ。
と。三叉路になっているところで、いきなり彼女が立ち止まる。
どうしたのだろうか。靴紐が解けたとか、道端にうんこでも見つけたのだろうか。
「猫だ」
彼女は一言、先程とは全く異なる口調で呟く。
茶トラの猫は彼女にじりじりと近寄っていき、足元に擦り寄る。
彼女はしゃがみ込み、猫の頭から背中にかけてを撫でる。彼女の細く白い指が、猫の毛に埋もれ、見え隠れする。猫は気持ち良さそうに目を細め、大あくびをした。
……おい猫、そこ代われよ。
「あ。こんな時間だ」
「ミャ」
「ごめんね、もう行かなきゃ」
一通りもふもふを堪能した後、彼女はすくっと立ち上がった。名残惜しそうに、猫が彼女の方を見上げる。
「ばいばい」
「ミャ~オ」
彼女はそう言って、また歩き出してしまった。こういう不意に見せる素の表情も、僕が彼女を好きである理由の一つだ。僕だけが知っている、彼女の裏の顔だ。
猫は彼女のことをじっと見つめていたが、やがて歩き始め――。
――僕と目が合った。
「キシャァァァアオ!」
「ひっ」
咄嗟のことで驚いてそんな声を出してしまったが、猫如きに怯える僕ではない。どれ、背中を触ってやって、彼女と間接握手でもしてやろうか。
「チッチッチ、お、おいで~」
「シャァァァァア……! シャァァア!」
猫は威嚇してばかりで、僕に近づこうとはせず。そのまま睨みあって数分後、猫はどこかに消えてしまった。
ちくしょう。無駄な時間を過ごしてしまったじゃないか、くそ猫め……。
遠ざかっていく彼女の背中を舐めまわすように見る。綺麗な銀髪ロングに、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ完璧なプロポーション。
視界の端まで彼女を目で追った後、僕は三叉路を左に曲がった。
「はぁ……話しかけたりしたいなぁ……」
そんなことを呟きながら、悶々と考える。いつも同じ通学路を通っているのに、全く彼女と関わることが出来ない。いや、その前に、僕は女の子と話したことが無い。
何を話せばいいのか分からないのだ。今時の女の子がどんな話題に興味を持つのか、どんなことを面白いと感じるのか、そこがよく分からない。
でも。もし彼女と付き合えたら、毎日が薔薇色のように楽しいに違いない、とも、考えたりするのだ。朝起きて、彼女と一緒に登校して、お昼は一緒には食べられないけど、夕方、また彼女と再会して、そのまま帰り道にデートなんかしたりして。
きっと楽しいだろう。僕のこのくそみたいな人生を、変えてくれるだろう。だからこそ、僕は彼女に話しかけなければならないのだ。待っていてはことは進まない。
彼女と仲良くなって、付き合って、そういう関係になって……。
あれやこれやと妄想しながら、僕は学校に向かった。
◇◇◇ ◇◇◇
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