第05話 バンプの新刊発売日
◆ 冬城佳純視点 ◆
翌日の昼時。
「――で、あるからして……」
キーンコーン カーンコーン
「はい、では今回はここまで。日直、号令」
「きりーつ。きをつけ、れい」
「「「ありがとうございましたー」」」
四時間目の数Ⅰの授業が、やっと終わった。
ああ。長い。一週間の中で、水曜日が一番時の流れが遅く感じる。気だるさで授業が全く耳に入ってこず、俺はずっと窓から外を眺めていた。ざあざあと雨が降る音。
ぽつぽつと雨粒が窓ガラスを打つ音。それらをBGMにしながら。
「おうおう、何
辺が俺の席までやってくる。昼食の誘いだ。
「辺」
「もう飯の時間だし、さっさと食堂行こうぜ」
「おう」
俺と辺は教室を出て、食堂に向かう。
「ん? 何かいつもより混んでんな」
食堂には、結構な人だかりが出来ていた。いつもは空いている食堂が、こんなに混んでいるのは珍しい。その人だかりの半数以上は、食事などしておらず、ただ単に突っ立っているだけのようにも見えるが。
辺は、近くのテーブル席に一人で座っていた生徒に話しかける。同級生のようだ。
「こりゃ一体何事だ?」
「……気になるか?」
「そりゃ、まあ……」
「あそこ、見てみろよ」
同級生が指を差した先は、一際大きな人だかりの真ん中。色々な人に囲まれ、窮屈そうに食事をする銀髪の美少女。
柏木さんが居た。
「なんでも、柏木さんが珍しく朝寝坊して、弁当作るの忘れたんだってよ。それで食堂に行って飯を食うなりこの騒ぎ。色んな生徒が食堂に集まって来て、レイン交換しようとしたり仲良くなろうとしたりしてるんだ」
「なるほどな。普段教室から出ない棘姫に近づけるチャンスってわけか」
「ああ。はぁ、最高だ……。あの棘姫と同じ空気を吸いながら食事が出来るなんて、金輪際訪れることのない絶好の機会だろう? この幸せを鼻腔に焼き付けてるんだ」
同級生は柏木さんの方を見ながら、
「そ、そうか。教えてくれてありがとな。ほら、行くぞ、冬城」
俺は辺にぐいっと手を引かれ、券売機の列まで連れていかれた。
「ふ、冬城は何食う?」
「んー。俺はいつも通り親子丼かな……。あれ、あと三食しかないのか。売り切れ寸前じゃないか」
「ラッキーだったな、冬城。んお、今日の日替わりは豚の生姜焼きか。俺はこれにしよっと」
券売機が吐き出した食券を持ってカウンターに向かい、調理員にそれを渡す。
と、その近くでざわざわと話し声が聞こえてきた。
『柏木さん何食べてるの? 親子丼? あーじゃあ俺もそれにしよ!』
『ねね、柏木さん。わたし、隣座っていいかな!?』
『葵ちゃん、釣れねえなあ。今日こそは
柏木さんはそれらを無視し、無表情で食事を続ける。
容姿が良いってのも、何も良いことばかりじゃないんだな。なんて思いつつ、それを遠巻きに眺める。あんなに大勢の生徒に注目されて、名前も知らない奴が何人も馴れ馴れしく話しかけてきて。
そんな状況での食事、俺だったら多分我慢できそうにない。
それにしても、なぜ柏木さんは友人を作らないんだろうか? 気心知れた友人と一緒にいれば、変な虫が寄ってくることも無くなるだろうに。
友人が居ない学校生活は、それなりに退屈だというのは俺も知っている。と言っても、俺の場合は共に行動する奴が居るから、まだ程度は軽い方だけど。
そんなことを考えていると、ふいに番号を呼ばれた。
「二百二十三番の方!」
「あ、はい」
親子丼を受け取り、辺の座る席まで向かう。
「冬城、お前完全に見惚れてたな」
「そう見えたか?」
「いいや? お前のことだから、どうせ可哀想だなー程度に眺めてたんだろ?」
う。こいつ、なかなか鋭いな。
「ま、そんなところだ」
そう言い、トレーを机に置いて着席。辺の反対側だ。
「お前は話しかけたりしないのか?」
「しないな」
「……時に、それはどうしてだ?」
「俺は柏木さんに興味は無い。話してみたいとも思わない。だから話しかけない」
「お近づきになりたいとは思わないのか? あんなに美人なのに?」
「……前にも言っただろう。俺は恋愛自体に興味がないんだ。それに、不純な動機が見え透いているのに、わざわざ相手が取り合ってくれると本気で思ってるのか? それが無意味なことくらい、あいつらを見れば一目瞭然だろ?」
柏木さんに話しかけ、無視を決め込まれている連中を見ながらそう言うと、辺はニヒルな笑みを浮かべた。
「やっぱりお前は俺が見込んだ通りだぜ。――だから気に入った」
ドドドドという効果音が顔の横に出てきそうな迫力だ。
「な、何だよ急に。どこぞの動かない漫画家みたいなことを」
「本心から言っただけだぜ。それより……さっさと食わないと俺が食っちまうぜ?」
辺の箸が、丼の上に載ったぷりぷりの鶏肉の方に伸びる。
俺はすかさず、トレーごと丼を退けた。
「あっ」
「いただきます」
スプーンを突き差し、親子丼を口の中に掻き込む。
「一口くらいくれてもいいだろー」
「
口いっぱいに頬張りながら言う。
「あっははは。ハムスターみたいになってんぞ~、冬城」
「むぐむぐ」
味わう暇もなく、親子丼を平らげた。
ゴクリと最後の一口を飲み込む。
水を
「ふぅ。ごちそうさま」
「良い食いっぷりだったな」
「ああ。やっぱり学食は親子丼に限る」
「たまには日替わりも食ってみないか? 今日の生姜焼き、死ぬほどうまいぜ」
「確かにそれもありだけど……。日替わりなら、金曜のハンバーグ定食も捨てがたい」
「おっ。じゃあ金曜は日替わり定食で決まりだな」
「ああ」
そこで俺は昨日の夜、蕎麦とある約束をしていたことを思い出した。
「悪い、ちょっとスマホ触る」
「んあ? お、おう」
Hiscodeを開き、文字を入力する。
明日からテスト週間だから、いつも通り
『今日何時から勉強しようか?』
入力して送信。
それから少しして、食堂内が何やらざわつき始めた。
『柏木さん、誰その人! も、もしかして彼氏から?』
『んだよ、彼氏居たのかー』
『いや、もしかしたらただの友達って線も』
『だって、だって、俺の方が、俺の方が先に……』
柏木さんの方から聞こえる。
声のする方を見ると、スマホを取り出して操作するところを、大勢が覗き込んでいるのが見えた。あれは、プライバシーも何もあったもんじゃないな……。
というか、柏木さん彼氏居たのか。あの鷹合先輩を振ったのも頷ける話だ。
「はぁ。食った食った。ごちそうさま。さて、飯も食ったし戻るか」
「そうだな」
ブーンッ
ポケットが振動する。返信が返ってきたようだ。
〈Sob_A221 :今手が離せないから、後でね。〉
ま、飯時だもんな。
りょーかい、と書かれた熊スタンプを送信。蕎麦が好きなキャラクターのスタンプ「
てかこのスタンプ、第九弾まで出てるのか。全てのスタンプに既視感があるけど……蕎麦のやつ、まさかこれを全部……?
「あ、そうだ。冬城、帰りに本屋寄らないか?
「ああ、悪い。俺、今日は友達と勉強の約束してるんだ。彼女はどうしたんだ? 今日は部活か?」
「ああ、それなんだがな……。千乃の奴――」
銀髪の少女はスマホの画面を見ながら、微笑む。
『おい、今柏木さん笑ってなかったか!?』
『あの棘姫が口角を上げただと! 今週の学級新聞に載せなければ……』
『はぁー。ありゃメスの顔だな。今度、相手がどんな腑抜けなのか調べてみるのもよさそうだ』
『男か……男が居るんだな……』
『おいお前ら、声がデカいぞ! 聞こえちまったらどうする』
周囲から聞こえる有象無象の
(カスミ、私とおんなじスタンプ買ったんだ……。嬉しいな……)
◇◇◇ ◇◇◇
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